< おとない人 >

 銀時は机に突っ伏していた。この世の終わりとも言えるような暗澹とした闇を体中に携えるさまは、おどろおどろしい。

「何してるんですか銀さん、鬱陶しいから殴りますよ」
「開口一番がそれってひどくね!? 普通ここは慈しみの言葉をかけるもんだろーが! これが神楽か新八だったら心配するくせに何この差別!」
「だったら、普段からもう少し頼れるところを見せてください。私は人となりを見て、それ相応の態度を取ってるんですから」

 呆れたようにため息をつく妙を睨みつけようとして涙を滲ませた顔を上げた銀時は、そこに妙がいることに驚く。頭上を覆っていた暗雲を振り払う勢いで、銀時はがたりと椅子を引いた。

「えええええなん、なん、おまっ」
「? どうしたんです」
「おおお、オメー、なんでここにいんだよ!」
「なんでも何も、ここに来たからいるに決まってるじゃありませんか。銀さんもさっき受け答えしていたくせに」

 何をわけのわからないことを。再び息を吐いて、妙は銀時の突っ伏していたデスクへと手荷物を置いた。椅子ごと壁に背を張りつけながらも、銀時は手荷物へと目を向ける。その中身を問う視線に、妙は苦笑した。

「お土産です。何をへこんでるのかわかりませんけど、これを食べて少しは元気になってください」
「……お妙」

 慈しみの言葉がないと嘆いた銀時だったが、今しがたかけられた言葉ですべてを考え直した。落として上げるなんて憎い演出しやがって、と、今度は違う意味合いを持った涙が溢れる。
 しかしそれを、妙の言葉がぴたりと止めた。

「ところで、どうしてそこまで落ち込んでたんです」
「え……」
「なんでも、ここのところずっとそんな感じだそうじゃありませんか。新ちゃんも神楽ちゃんも気にしていましたよ」

 妙がここに来たのは、銀時の様子の原因を探るためでもあったらしい。話したくないなら構わないが、話す気がない以上、周りに心配をかけるなと妙は続けた。

「いつもは巧妙に隠して、誰にも見せないくせに。銀さんにしては、らしくないですね」
「……んだよ、隠してるのはお前もじゃねえか」

 ぽつりと呟かれた銀時の言葉は、小さすぎて妙には届かなかった。なんですかと問い返す妙に、なんでもないと銀時ははねのける。それから一つ、諦めたように息をついた。

「俺だってよォ、どう処理していいかわかんねえんだ」
「あら、話してくれる気になったんですか?」
「原因探りに来たんだろーが」
「ええ。じゃあ、お茶でも淹れましょうか」

 止める間もなく、妙は台所へと行ってしまう。迷いのない足取りに、銀時はまたため息をついた。

「最近なァ、おんなじ夢ばっか見るんだ」

 手土産の和菓子を頬張り妙に淹れられた茶でのどを潤した後、銀時はゆるゆると口を開いた。湯飲みを口につけた妙の目がこちらを向く。

「どんな夢ですか?」
「お前の夢だよ、お妙」

 問われて答えると、妙の目が見開かれた。

「毎日寝るたびに出てきやがって。皆勤賞でも狙ってんのか、オメーはよ」

 頬杖をついて、いつものように憎まれ口をたたく。勝手なこと言ってんじゃねえと殴られるだろうか、それとも万一にでも頬を染められたりするんだろうか。そんなことを考えて、銀時は小さく笑った。

「今朝も見た。だからさっき、目の前にいたお前に驚いたんだよ」
「……私の夢を見て落ち込むなんて、いい度胸ですね銀さん」

 妙はどちらの反応も見せず、不満と怒り混じりの声を放った。いつもながら、予想の斜め上に行ってくれる女だ。諦めて降参するしかないと銀時は思う。だから正直に話す気にも、なったのだが。

「そうじゃねえ。そうじゃねえよ、……戸惑ってんだよ。おんなじ奴の夢ばっかり見るって、そういうことだろ? 大概は顔合わせてるのに、夢でまで見たいって思ってるなんてのは、」
「銀さん」

 一世一代の告白を無情にも中断される。どこまでも情緒な空気をぶち壊してくれる女だと、銀時は肩を落とすしかなかった。

「お前なあ、もうちょっと空気を読」
「知ってますか、銀さん。夢に出てくる人って、その人が自分のことを強く思ってるからなんです」

 遮られて放たれた言葉が銀時の耳を通っていく。流し聞いて、はっと我に返って、え、と問い返した。目を当てた先の妙は、いつものように微笑んでいる。

「お、お、お、おた、お妙、いま、今のってどういう……」
「って、昔は考えられてたんですよ」
「……え?」
「昔の人って、身勝手な解釈をしたものですねえ」

 まあでもいつの時代も人間は身勝手なものですけどね、呟いて妙は再び湯飲みに口を当てた。銀時はそのさまを見るともなく見ながら、告げられた言葉をどう噛み砕くか悩む。
 和菓子はもう、のどを通らなかった。

解釈次第で銀→妙にも銀→←妙にも