< 気づかないふり >

 いちご牛乳を飲みながらテレビを見たり、ソファに寝っ転がってジャンプを読んだり、そのまま午睡を楽しんだりしていると、あくせく働くのが馬鹿みたいに思えてくる。
 ……と、正直に言ったら殴られた。誰にとは言わない。
 ほんと、お前のねーちゃんの暴力癖なんとかしたほうがいいんじゃね?
 ……と愚痴ったらアホですかあんたは、と頬を勢いよくはたかれた。突っ込みとはいえ、新八ごときが俺を殴るなんて我慢ならないので、やり返すのは忘れないでいた。しかしあのメガネ、遠慮という言葉を忘れてるんじゃないだろうか。上司に対する態度というものを一から叩き込んでやらねばと思う。
 ……という独り言は、「銀ちゃんはそもそも敬いたい上司と思えない人間だから無理ネ」と、酢昆布娘に説き伏せられた。え、俺、説き伏せられたの?
 ……という軽いショックは、無駄にでかい狛犬に「プフっ」と嘲笑された。クソ駄犬にも嘲られるとか、マジでなんなの。

「ったく、どいつもこいつも、俺の周りにはろくな人間いやしねえ」
「そりゃ旦那の人となりの結果でしょう」

 ぶちぶち言う銀時に、沖田がしれっと答える。この野郎、と顔をしかめながら隣を向くと、銀時の目を引く物がそこにあった。沖田の傍らに置かれている、大江戸マーケットの買い物袋だ。銀時の勘が外れていなければ、きっとあの中には甘い物が入っている。いやきっとそのはずだ。

「おい、佐渡島」
「王子って呼んでくだせぇ」
「イヤイヤ、ここは突っ込む場面だろ。一番隊隊長のくせに、お前もまだまだだな」
「まだまだなのは旦那のほうでさぁ。俺は斬り込み隊長ですぜ。それがどんなものであろうと、恐れを見せずただ目の前のものを斬るだけ。突っ込みなんざチマチマしたものに興味はありやせん」
「またわけのわかんねえことを……」

 いらぬ問答で話がずれてしまったことに気づき、銀時はそんなことより、と本題に入る。とりあえず大人な自分は、素直に相手に合わせ「サド王子」と呼んだ。この呼び方もおかしなものだが、まあいいか。

「その袋に何が入ってんだ?」
「旦那はなんだと思いやすか」
「あー、俺の優秀な鼻によれば甘味系、しかも冷菓だな。アイスだろ。あずきバーか? あずきバーなのか?」

 あずきバーだったら頂戴したい。いやあずきバーでなくとも、アイスなら欲しい。甘い物はいつ摂取してもいいものだ。そんな願望を含ませた視線を向けてみたが、沖田はそれを一瞥しただけですいっと視線をそらせた。

「当たりでさぁ。さすが旦那、いい鼻をお持ちで」
「んだよ、正解者に賞品はねえのか?」
「これはだめですぜ。土産なんでさ」
「土産? 誰にだ」

 そらせていた視線を銀時に戻し、沖田はゆるりと口角を上げた。煽るような表情に、銀時は眉根を寄せる。

「誰だと思いやす?」
「……さっきから質問ばっかじゃねえか」
「じゃあ、ヒントをあげやしょう」

 どうしても銀時に答えさせたいのか、自分で言いたくないだけなのか。沖田は袋の中に手を入れがさごそと探り出し、その中の一つを取り上げる。それを見て目を見開く銀時に、沖田はにやりと笑った。

「それじゃ旦那、俺はこの辺で」
「お、おいっ、ちょ」
「あ、姐さん」
「えッ」

 反射的に振り向くが、そこには誰もいない。はっとして顔を元に戻すと、隣に沖田の姿はなかった。代わりにあずきバーが一つ、端座している。

「……これやるから邪魔すんなとでも言いたいのか、あの野郎」

 胸くそ悪ぃ。そう思ったが、銀時はその場から動かなかった。すぐそばのあずきバーを手に取り、袋を開けて中身に齧りつく。
 動かない理由は、他人の色恋に首を突っ込むなど野暮にしかならないからだ。だから沖田が、妙の好きなハーゲンダッツを手土産に彼女の元へ行こうと関係ない。自分と妙の間には何もないのだから、気にする必要はどこにもない。

(じゃあなんで苛立ってるかだって? そんなの、いち従業員の姉にマダオだなんだって殴られたからだ。あいつマジで殴るから痛ぇんだっつの)

 殴られて突っ込まれて説き伏せられて嘲笑されて、だから機嫌が悪いだけ。現在進行形で沖田に腹が立ってるのは、後ろに妙がいると嘘をつかれてその嘘にまんまと引っかかってしまったからだ。
 だから沖田が妙に会いに行こうが、それはまったく関係ない。
 ないことなのだ。

(……ないはず、なんだよ)

沖→妙要素があるのは私の趣味です