< chatnoir >

 白よりは黒がいい。白も白で捨てがたいが、対象がソレである場合は、黒のほうが好みだ。いつだって、目を追ってしまうのは黒だったのだし。だから今も、つい追いかけてしまうのだろう。何やってんですかと呆れたような声がかけられるまで、銀時はソレを追いかけるのに夢中だった。

「おう、お妙。お前こそ何やってんだ。買い物にしちゃ手が寂しすぎるぜ」
「天気がいいから散歩してたんです。そういう銀さんこそ、こんな真っ昼間に浮浪者よろしく何うろうろしてるんですか。仕事は?」

 にっこりと微笑まれ、銀時はたじろぐ。妙の笑顔が可愛いからとかそんな色めいたものではない。この笑顔は裏に怒りを隠している時なのだ。銀時は無意識に直立不動の姿勢をとった。

「ああ、まあ、なんだその。うちには優秀な部下がいてねー。今日の仕事もあの二人でこと足りるっていうか」
「つまり、新ちゃんと神楽ちゃんに押しつけて自分はダラダラしてるってわけですか、まったくいいご身分ですね銀さん」
「イタタタ痛い痛いっすんまっせんマジですんまっせん勘弁してくださいこの手をどけてお願い妙ちゃん銀さん死んじゃうってマジでこれホントにぃィィィ」

 必死の懇願は、「まったくもう」という言葉とため息の後で叶えられた。白い頭を締めつけていた細い指が外される。女らしい華奢な手なのに、いったいどこからそんな力が出るのだろう。この世の謎だ。

「それにしても、銀さん」
「あーまだズキズキする……あんだよ」
「本当に何してたんですか? 誰かを追ってるみたいでしたけど……。誰かじゃないわね、『なにか』を追ってませんでした?」
「ああ、まあなんかな」

 見られていたことに多少の羞恥を覚えながら、銀時はもごもごと口ごもる。うやむやにしてもらおうと思ったが、好奇の目が向け続けられるので、しぶしぶ口を開いた。話すからどっかで甘いもんでもおごってくんね? 仕方ありませんね、そういうやりとりを挿んだ後で。

「猫を追ってたんですか?」
「そうだよ。目に入ったからな。なんか気づいたら」
「いい年した人間が働きもせず、なに馬鹿なことを真剣にやってるんですか。少年時代はもう終わったんですよ、銀さん」
「馬鹿野郎、男の心にはいつだって少年の心があるんだよ。っていうか何その言いぐさ。イジメ? 銀さん泣くよ、泣いちゃうよ」

 せっかくのパフェも涙の味で台なしになってしまう。恨めしげに妙を見るが、対する彼女は呆れたような視線を寄越すだけだ。その目は「泣けば?」と言っている。相変わらず容赦がない。

「気づいたら追ってたんですか」

 銀時に向けていた目を、頼んだあんみつに移した妙はぽつりと呟いた。ん? と顔を上げると、同じように顔を上げた妙と目が合う。どうしてですかと、彼女は聞いた。

「くせでもあるんですか。猫を無意識に追うような」
「や、そんなもんはねえと思うけど。ただなんとなくな。近づこうとしたら逃げられたんだよ。だから追っかけた」
「え?」

 どういうことだと、妙の眉根が寄せられる。どういうことも何も、逃げられたからと、銀時は同じ言葉を紡いだ。

「逃げられると追いたくなるもんだろ。人間は」
「一般論はそうですけど。……銀さんもそんな人種だったのね」
「え、ちょ、お前、俺をどんな人間だと……」

 感心されたように言われ、心外だとばかりに銀時は言葉を重ねた。そういう人間だと思ってましたという妙の言葉にどういう人間だよと思いながら、ああそうだと、付け加える。

「お前って猫みたいだよね。間違っても宅配便なんかにゃならない、プライドの高い黒猫」

 今度は妙が心外そうに目を見開いた。気分を損ねたのか、ぷいっと顔も横へそむける。

「やめてください」
「なんで。言い得て妙だと思うけどな」
「私、猫は大っ嫌いなんです。前に言ったことありませんでした?」
「そうだっけ」

 思い出すのは、目の前の女の弟、万事屋の従業員の男のこと。初めてのデートだなんだで(結局は騙されていたのだが)、周囲を巻き込んだ事件があったような。
 かつての出来事を思い返しながら、それでも銀時は発言を翻さなかった。似てるよ、お前は。繰り返す。

「なんてーか、しなやかでしたたかだよな」
「……それ、褒めてるんですか」
「さあなぁ。あ、あと自分勝手で気まぐれで爪立てたり牙剥いたり、おっかねえよな」
「銀さん? ここの代金、払わせますよ」

 すかさず謝罪の言葉を口にした。

「基本的に頼らない」
「? なんの話です」

 甘味屋を後にして(どうにかおごってもらえた)、散歩に付き合うことにした銀時はぽつりと言葉を落とした。不思議そうな表情を妙が向ける。その顔をちらりと目の端に入れた後、お前がだよと妙に言う。先ほどの話の続き、猫の話、妙のこと。

「一人でなんでもやろうとする。猫は単独生活が当然だから、他に頼る理念がない。自分のことは自分で、誰かに頼るなんざ弱いもんのすることだ。そんな感じだろ、お前って」
「……そんなこと」
「そういうところ、見てて危なっかしい。俺、たちは猫じゃないからな。頼られないってのもなかなか傷つくぜ?」

 銀時が苦く笑うと、妙の柳眉が下がった。思い当たるふしがいくらでもあるのだろう、そしてそれをわかっている。わかっていてもどうにもならない、どうしようもできない、それが妙だ。銀時もわかっている、だから気にかけてしまう。無意識に目を、逃げられたら追いかけてしまうのだ。

「俺は、黒猫は嫌いじゃないぜ」
「……え?」
「白猫も白猫で捨てがたいが」
「銀さん?」
「黒猫は黒猫で魅力的だ」
「急に何を……」
「爪を立てられんのも、お前ならいいかもな」
「? ……!」

 銀時の言わんとしていたことに気づいたのか(そういう知識はあるらしい)、妙の顔が赤くなった。それに笑うと、拳が一つ飛んでくる。かなりの力がこめられていたようで、ぐらっときた。いやそういう色めいた意味合いではなく。

「こんのセクハラ天パ! もう、銀さんなんて知りませんっ」
「ちょ、殴り捨てってひどくね? おい待てよ、お妙」
「ついてこないで!」

 すたすた去り行く妙の背中を見ながら、銀時は笑う。さっき言ったことを彼女はもう忘れたのだろうか。

「逃げられると追いかけたくなるんだよ」

 それが黒猫ならなおさらのこと。

爪を立てるってのはそういう意味です
そういう意味ってのはそういう意味でまあぶっちゃけ健全ではないっていうかゴニョリ