< ヘスペリジンは、みかんの実よりも袋とスジに。 >

 冬は肌が乾燥しやすいから手入れが大変だと妙がこぼしていたことを、ジャンプを読みながらふと思い出した。視線をジャンプから窓際へ移動させ、からっからに晴れているわけでも雨が降るわけでもない白い空を眺める。
 あいつは今日も仕事だっけ。相変わらず依頼が舞い込んでこない万事屋とは違う、きちんと職に就いている女を思い「ふう」と一つため息をついた。

「銀さん、起きてください」

 ジャンプをアイマスク代わりにしてどれほど経ったのか、かけられた声に銀時は体を起こす。また居眠りですかと呆れたように言うのは、意識を落とすまで考えていた女だった。

「……あれ。どしたよ、お妙。仕事は?」
「これから行くんです」
「その包み、何?」
「みかんです。近所の方にたくさん頂いたから、銀さんたちにもお裾分けに持ってきたんですよ」

 へえ、と気の抜けたような声で答えながら、妙に抱かれた風呂敷に手を伸ばす。独り占めしちゃだめですよと笑いながら、妙が預けてくれた。

「……お前、もう行くの?」
「え?」
「時間、まだあったりすんのか?」
「え、ええ。まだ余裕はありますけど……」

 首をかしげる妙に、銀時はソファを叩いて見せた。自分の横へ座れという指示に、戸惑いながらも妙が従う。不思議そうな視線を受けながら、銀時は風呂敷からみかんを二つ取り出した。

「時間あるなら、お前も食ってけ」
「いいんですか?」
「もらったのはお前だろ。俺がどうこう言うことじゃねえよ」
「でも……いえ、わかりました。いただきます」

 うんと頷いて、銀時もみかんの皮を剥いた。甘酸っぱい香りが辺りに広がる。洋菓子の甘い香りもいいが、こういった柑橘類の香りもいいもんだ。そんなことを考える。

「甘いですね」
「うん。うめえな」

 一言二言交わしながら、並んでみかんを食べ続ける。ふと視線を感じて隣を向くと、妙が銀時を見つめていた。何、と目で問いかけると、いいえと妙が首を振る。

「急に、どうしたのかなと思って」
「……別に。なんとなく」
「いちいちの言動が掴めないのは銀さんらしいわね」

 小さく笑われてしまったが、銀時もまた口元を緩めた。

「たまにはいいだろ」
「そうですね」

 緩やかな談笑は、みかんを食べ終えたことで終わりを迎えた。そろそろ行きますねと妙が立ち上がったので、銀時も腰を上げる。見送る姿勢を見せると、妙は少し驚いていた。

「みかん、神楽ちゃんたちにもちゃんとあげてくださいね。一人で全部食べないでくださいよ」
「みかんぐらいでそんなせこいことしねえよ。信用ねえな」
「信用ないのは日頃の行いが悪いからです」
「へいへい、すいませんー」

 まるで母親のようなたしなめを振り払うように、軽く謝る。そういうところが誠実じゃないと、鉄拳が降ってきた。

「それじゃあ、行きますね」
「あ、お妙」
「はい?」

 背を向けようとした妙を呼び止め、銀時は玄関から少し身を乗り出す。妙が何用かと問いかける前に、くちびるを合わせた。

「……ぎん、さん?」
「冬はかさつくって言ってたから、予防」
「よ、予防って」
「潤いにはビタミンがいいんだろ? さっきみかん食べたから、予防にゃあ十分だと思うぜ」
「だ……、だからっていきなり、こんなところで、こんなことしないでくださいっ。だ、誰かに見られたりしたらどうするんですか!」

 先ほどまで白かった肌が、見る間に赤くなっていく。相変わらずおもしれえなと思いながら、

「じゃあ、中ならいいんだな?」

 と、万事屋へ引き込んだ。

ビタミン云々言ってますが半分以上は口実じゃないかと
ちなみにヘスペリジンてのはビタミン様物質で(他にルチン、ケルセチン等があってこれらの総称をビタミンPという)、健康に役立つ効果があるそうです(わざわざ調べた)