< 玄関先にて >

 ぎゅってしていい? と聞いたら殴られた。何も殴るこたねえだろと涙目で訴えると、もう一発。右の頬も左の頬も、綺麗に腫れ上がりましたとさ。

「人の睡眠時間にやってきてふざけたこと抜かすからそういう目に遭うんですよ。銀さんもいい大人なんですから、考えるということをもう少ししたらどうです?」
「だからって力の限り殴ることねえだろーよ。お前ほんとに就寝前? なんでそんなに力が有り余ってんだよ」
「仕事しっぱなしで今も眠くて仕方ないのに、有り余ってるはずなんてあるわけないじゃないですか」

 にこにこ微笑みながら口元に手を添える妙だったが、その拳を頬に受けた銀時はまったく信じなかった。だったら口の中に広がる鉄の味はなんなんだと思いつつ、大きな息を一つ吐く。

「ため息をつきたいのはこっちです」
「へーへー、どうもすいませんでした。いいよもう、帰るから。お前はぐっすり寝ろや」

 有り余ってるの余ってないのはともかくとして、妙が帰ってきたばかりであることはわかっている。今まさに睡魔と戦っている最中であることも、想像に難くない。銀時がいなければとうに布団の中で落ち着いていたことだろう。それでも銀時は、敢えてこの時間に恒道館へやってきた。冒頭のたった一言を告げるために、志村妙の元へ来たのだ。
 結局は果たせじまいになってしまったが、それもある程度は覚悟していた。仕方ないから今回は潔く諦めようと背を向けると、その背へ声がかかってくる。

「何かあったんですか?」

 妙の質問に答えるとするなら、はっきりしたことは言えなかった。
 何かあったとするなら「あった」と言えるし、特に気にかけるようなことでもないから「ない」とも答えられる。一番しっくりくる言葉といえば、気が向いたから、の一言だろう。ただなんとなく、何かあったわけでもないけれど顔が見たい気がして、無性に何かをこの腕に収めたい気分になって、その相手というのが目の前の女だった。

「お前が心配するようなことは、なんもねえよ」

 さすがに正直なことは言えなかったので、銀時は無難な解答を選んだ。しかし妙から疑いの表情は消えない。銀時は何かを隠していると思っているのだろう。それでも時間を置かずに、いつもの表情へ戻った。それから段を下り草履を履くと、銀時のすぐ後ろ、玄関の戸をゆっくり閉める。

「お妙?」
「……人目についたら困りますから」

 その言葉は、銀時が開口一番に告げた要求を受け入れるものだ。軽く目を見開かせる銀時に、少しだけですよと、妙がはにかむ。
 後はただ、思うまま手を伸ばすだけだった。

不意にぎゅってしたくなった銀さん
「抱きしめる」じゃなく「ぎゅっ」てのがミソ(何の)