< 当てつけは勘弁してほしいよ >

「このじゃじゃ馬娘が」
「あら銀さん、誰のこと言ってるのかしら」

 呆れたような男の声と、驚いたような女の声。どちらも聞き覚えのある声に、ぴたりと足が止まった。
 この先の角を曲がれば、沖田が思い浮かべている男女の姿があるだろう。進むべきか否か、少し迷う。

(……引き返す理由もねえや)

 そのまま一歩を踏み出した。

「ありゃ、旦那に姐さんじゃねえですか」

 果たしてそこには、銀時と妙が向かい合うように佇んでいた。その二人を目にして沖田は、たった今気づいたようにしれっと言う。偶然を装った沖田を、銀時も妙も疑わなかった。よう、と、こんにちは、という二つの声音が沖田を迎える。

「お二人で散歩ですかい」
「まさか。こんな甲斐性のない人を連れて歩いて、得になることなんて何もないもの。ただ偶然、会っただけです」
「あのなお妙、銀さんにだって甲斐性の一つや二つあるよ。つーか、ありまくりだよ?」
「やだわ、銀さん。甲斐性っていうのは、経済的な生活能力のことを指すんですよ。どこにあるんですか? というか、え? あるんですか?」

 心の底から不思議そうに問う妙に、相変わらず辛辣なお人だと沖田は思った。包丁を心臓にぐっさり刺すのではなく、細い針を爪の間にゆっくり差し入れるような。痛いなんてもんじゃない攻撃法は、沖田に感銘を与える。ぜひとも参考にさせてもらおうと決めながら、銀時を見やった。
 視線の先には、体育座りをした背中がある。頭を膝の内側に入れ込んでいるせいで、ぱっと見では首のない男のようだ。そういえば銀時はバイクに乗っていた。そしてちょっと前、屯所で「首なしライダー」という怪談を聞いたことも思い出す。都市伝説とかなんとか、そんな単語が出てきたような。

「ってことは、旦那は亡霊だったんですねぃ。こりゃびっくりだ」
「えっ! ぼぼぼ亡霊!?」

 叫ぶと同時に、丸まっていた背中がぴしっと音を立ててまっすぐになった。かと思うと、きょろきょろと忙しなく辺りを見回し始める。どどどどこにそんなぼぼぼ亡霊だなんてじょじょじょじょうだ冗談ををを、と壊れたレコードのような銀時の声が続き、沖田は思わず笑いそうになった。

 それで何があったんですかぃ、と沖田は妙と並んで歩きながら尋ねる。銀時はまだ少し怯えた様子で、二人に続いていた。大の男がどこかのマヨラーと同じように、幽霊ごときに怯えるとはお笑いぐさである。が、銀時の幽霊嫌いはかなり前から知っていたので、今さら嘲笑する理由もなかった。

「ちょっと、いろいろありまして」

 銀時を尻目に見ている沖田へ、妙が答える。濁すような口調に、沖田は視線を戻した。じっと見つめて詳細を求めようとするが、妙は曖昧に笑うだけで答えようとはしない。
 代わりに背後から、答える者があった。

「なんのことはねえ、破壊神のご降臨だよ。そーいちろうくん」
「総悟です、旦那。毎度おんなじ間違い方をするのは、そろそろやめにしやせんか。語彙力が乏しいですぜ」
「そりゃ悪うござんしたな」

 小さく笑って、銀時が沖田たちとの距離を詰める。ほんの二、三歩、それだけで銀時は妙の隣へと立ち位置を落ち着けた。そのまま歩き続けながら、銀時は先ほどあったらしい出来事を告げる。
 曰く、銀時が街をぶらぶら歩いている時に物取りが出現。老人の荷物をかっぱらった後こちらに向かってきたので、足でも引っかけようかと思えば急に前へのめり込む物取り。何事かと避けた銀時の視界に入ってきたのは、見事な踵落としを繰り出した某従業員の姉……。

「……ああ、それで『じゃじゃ馬娘』か」

 ぽつりとこぼした沖田の言葉は、隣を歩く妙の耳に入ってしまったようだ。聞いてたんですかと問われ、自分の迂闊さを呪う。

「ああいや、そのですねぃ」
「違うんですよ、沖田さん。あれは銀さんが大げさに言ってるだけなんですから、信じないでくださいね」
「へ、そうなんですか?」
「まあ、踵落としは冗談で、本当は一回転式のドロップキックだったがな。ありゃあ見事な一回転だった。十七の小娘がああも綺麗にプロレス技を駆使できるなんざ、世も末だぜ」
「ちょっと銀さん、変なこと言わないでください!」
「言ってるそばからキャメルクラッチィィィィィだだだだだ!」

 すいませんごめんなさいもういいませんへるぷみぃと続く悲鳴に耳を貸すことなく、妙はしばらくその状態を保った。そんな酷薄さも沖田の嗜虐性をくすぐらせたが、ここは街中だ。一応の警察官として市民の暴挙は止めておこうと、妙に声をかける。

「姐さん、姐さん。旦那の発言はまったく信じてやせんから、とりあえず抑えてくだせえ。人の目が集まってやす」
「え、あら、やだ。私ったら」

 恥ずかしいと頬を淡く染めて、そそくさと妙が身だしなみを整えた。解放された銀時は、べったりと地面に伏している。近藤と同じくらい妙の狼藉に遭う確率の多い銀時に憐情を抱きかけたが、沖田はすぐにその感情を消した。哀れに思ったところで、銀時にとっては不必要なものだ。どちらかといえば、邪魔でしかないだろう。

「姐さん」
「はい?」
「盗人退治も立派ではありやすが、あんまり無茶はしねえように」
「やだわ沖田さん。私、そんな無茶はしてませんよ」

 ふふ、と笑って否定しようとする妙に、沖田もそろりと笑う。口を開いて、言葉を出そうとして、わずかに苦いものを感じた。

「……それなら、いいんですがね」

 あとは旦那に任しやす。言い置いて沖田は、二人に背を向けた。沖田に呼びかける妙の声が耳を打ったが、無視を決め込んだ。それからしばらく歩き続け、角を曲がった先で足を止める。そこからそっと妙たちのいる場所を覗いてみれば、案の定の光景。
 つぶれた銀時に手を伸ばし、おそらくは声をかけ。それに応えるように、銀時の手も上がる。妙の頬に辿りついた手は、彼女を慈しむような穏やかさがあった。

(あ、笑った)

 先ほどまでのバイオレンスはどこへいったのか。とろけるような妙の笑顔に耐えられなくなって、沖田は顔をそむける。何やってんでぃ、という呟きは地面に溶けた。

いくら強かろうが不用意に飛びかかるのは危ないし心配するだろ的なことを素直に言えなくてじゃじゃ馬発言しちゃった銀さんと、それを真正面に受け取っちゃってショックを受けたけどやっぱり素直に言えなくて拳で語っちゃったお妙さんと、そんな二人の内情(心情)を読み取っちゃってモヤモヤな沖田のお話でした(長い)
説明しないとわかりにくくてすいません