< 春とアイスと副長さん >

 季節は春、うららかな陽気は眠気を催すものだった。
 そんな中、縁側での珍しい姿に妙は驚く。

「土方、さん?」
「なんだ」
「……なんですか、それ」
「見てわからねえのか」

 咥え煙草ならぬ咥え匙で返された言葉に、妙は一つ二つ、目をまたたかせた。
 わからないのかと問われれば、わかる。目の前にあるものを、見たまま受け入れればいいだけの話だ。妙に解せないのは、なぜ「それ」を土方が持っているかということだった。

「あなたがアイスを食べる姿なんて、今まで一度も見たことがなかったわ」
「そりゃそうだろうな。俺だって、好きこのんでこんな甘ったるいもん食いやしねえ」

 言いながらも土方は、咥えていたスプーンを手に取った。そのまま白い冷菓をすくい、口に移動させる。
 一連の動作を、妙は凝視していた。その光景は、珍しいを通り越して奇怪だ。これが銀時なら、いつものこととしてさほど気にかかるものでもない。だが不思議なことに、相手が土方となるとまったく逆の印象だ。
 とどのつまり、似合わない。

「春、だものね。おかしくなるのも仕方のないことかも知れないわ」

 動揺のあまり、妙は思考を音にしていた。思うだけにとどめていればよかったのに(妙自身そのつもりだったのに)、失った平静は妙の口を滑らせていたらしい。
 呟きではあったが、ここにいるのは妙と土方の二人だけだ。特に、周りの気配に敏感である土方が、妙の声を聞き洩らすことなどない。
 結果、妙の言葉が聞かれるのは必然でもあった。

「あ」
「……いい度胸だな、お妙さん」

 怒らせてしまっただろうか。口に手を当て、どうしようと妙は思った。どうしようと思ったところで、どうしようもできない。妙に何かを考える時間はなかった。
 しかし、対する土方の顔はそこまで暗くない。それどころか口元は綻び、楽しそうとも言える表情だ。妙は小首をかしげ、土方の名を呼んだ。

「怒って、ないんですか?」
「怒ってほしいのか?」
「い、いいえ。そういうわけじゃないんですけど……」

 何もかもが釈然としない。妙が怪訝な顔をすれば、土方は視線を元に戻した。
 再びアイスを食べ始めた土方の背をしばらく見ていたが、やがて妙は彼の隣へと移動する。何も言わずに腰を下ろしたが、土方も何かを言うことはなかった。
 無言ではあったが、土方から拒否の色は見えない。そこにいてもいいということなのだろう、それがわかっただけで妙はひっそり安堵した。

(怒られるのは嫌だし、だんまりなのも嫌だけど……拒否されるほうが、もっと嫌だわ)

 鬼の副長、土方十四郎。部下から信頼はされているが、恐怖の対象でもある人物。外見はいいが、マヨネーズに対する愛が甚だしい。マヨラーと知られれば引かれることが請け合いな彼は、妙にとっては何よりの存在だった。
 怒られようが言葉がなかろうが構わない。土方のそば近くにあれるなら、それを本人に許されるなら、それだけでいいのだ。

(拒まれれば、きっと私はおかしくなってしまう)

 自分が異性に対してそう思うなど、以前では考えられなかった。恋愛はどこか遠いものだと思っていたのだ。それが身近にあるなど、恥ずかしい気もする。

「何か考えてるのか」
「え?」
「どっか遠く、見てただろ」
「……そんなこと、ありませんよ」

 まさか自分の気持ちを再確認していたなどとは、とても言えない。そろり顔をそむければ、土方が小さく笑った。

「顔が赤いぜ、お妙さん。春の陽気にのぼせたのか?」

 くく、と意地の悪い笑い声に、妙は眉根を寄せる。何もかも見透かされているような、自分がさも子供のようだと突きつけられる感覚は、好きではない。
 むっとした妙は、そむけていた顔を戻した。そのまま言い返そうとして開いた口は、何も音にできない。

「やっとこっち向いたな」

 やっと、と土方は言う。しかしそれはおかしな話だ。妙が顔をそらしていた時間は分にも満たない、ごくごくわずかな時間だった。「やっと」と言うほど長くはなかったのだ。
 けれど土方は、長い間待ち望んでいたかのような表情をする。

「土方さん?」
「煙草は我慢できても、あんただけはどうにも無理のようだ。……ま、煙草もまたすぐに我慢できなくなるんだろうけどな」

 代わりにアイス食ってみたが、甘ったるくてやってられねえ。ぐちりとこぼした土方の手元には、空になった容器があった。それを見つめながら、妙は問いかける。

「禁煙するつもりだったんですか?」
「ああ。『つもり』だった。仮定の気持ちだ、確実じゃあねえ」

 土方の言葉は、禁煙とはかけ離れていた。つもり、だった、と。仮定の気持ち、確実ではない、そして過去形。禁煙する気など、土方には最初からなかったようだ。それなのにアイスまで持参してみせたのは、どういうつもりだろうか。
 疑問に思う妙の心情を読み取ったのか、土方が薄く微笑んだ。

「アイス、好きだろう。お妙さん」

 とびきり甘いのをやるよ、と言った彼に引き寄せられる。
 それ以降はただ、甘い何かが口の中に広がるだけで、妙は何も考えられなくなった。

自分で言わせておきながら「とびきり」って土方お前(笑)とか思いました。我ながらひどい