< 鬼ごっこをしようか >
相対する人間は、強ければ強いほどいい。目の奧で燃える闘志を握りつぶした時に感じる高揚ほど、たまらないものはないからだ。
(戦いたい、壊したい。早くはやく、俺にあの高ぶりを味わわさせてくれ)
緩む口元を、その女は一笑した。
「欲しがるだけの子供なんですね、あなたは」
ほんの少しで顔が触れる距離でそう告げた妙を、神威は楽しげに見る。そうだネと否定するでもなく頷くと、妙は笑みを引いた。怒ったのだろうかと神威は思い、そしてすぐに、その怒りを自分に向けてくれることを望んだ。求めるのは戦いに必要な怒りや憎しみ、そういった負の感情だけでいい。
「あいにく私、好きでもない子供に優しくするほど寛容じゃないの」
「……フウン?」
つまらない返答と、解かれた殺気に鼻白む。上等な獲物は久しぶりだというのに、これでは面白くない。張り合いがあるほうが楽しめるに決まっているが仕方ない、一方的にやってしまおうか。考えて、神威は手に力を入れた。
「でも私、神楽ちゃんは好きなの。だから神楽ちゃんの親族であるあなたのことを、毛嫌いしたくないわ」
「それじゃあ、姻戚になったあかつきに一勝負しようじゃないか」
「嫌よ。私、勝ち目のない勝負に挑むのも嫌いなの」
「それはやってみないとわからないよ」
「馬鹿ね。わかるから断っているんじゃない。それに私が傷つけられたら、新ちゃんが泣くわ。神楽ちゃんだって、あなたを恨んでしまう」
「……また、ズイブンな大言だネ」
「事実だわ」
妙が綺麗に微笑んだ。貼りつけたそれがあまりに整っていて、作り物めいていて、神威はつい見とれてしまう。これを壊せば、今までにない喜びが味わえる気がした。
思わず動いた神威の手を、妙がやんわりと止める。冷たくて熱い。どちらが冷たく、そして熱かったのか、神威はすぐに判断できない。ただ妙が自分に触れていることだけが、脳内を占めた。
「あなたの趣味をとやかく言うつもりはないけれど。私は誰も悲しませたくないし、痛い思いはしたくない。あなたを楽しませるだけなんて、もってのほかよ。だから私にはあなたと戦う気なんて、一切ない」
「……そっちになくても俺にはある、と、そう言ったら?」
どちらの手が熱くて冷たいのか理解できないまま、神威は問う。常に忘れていないはずの笑顔は、いつの間にか消えていた。
妙が微笑む。
笑顔を忘れた、神威の代わりのように。
貼りつけたような、それでいて心から笑っているような表情を神威に見せて、
「逃げるまでよ」
一言告げた。
遠くで鐘の音が鳴っている。もしかしたらそれは、もっと近くで鳴っているものかも知れない。遠かろうが近かろうが、今の神威にはどうでもいいことだった。
(戦いたい)
家族の結婚だからと、どうやって居場所を嗅ぎつけたのか父親に家まで連れ戻されたあの日。妹が地球人と結婚するという報告に、ほんの少しだけ驚いた。その相手が、吉原でちらと見かけたあの眼鏡だと知ってさらに驚く。それ以上に驚いたのは、志村妙という存在だった。武家の娘というだけあってか、身の内に秘められた闘争心が平常ではない。ひ弱な印象である地球人の中に、あれほど身震いする女がいるとは思っていなかった。
(たたかいたい)
闘争心が煽られる女だった。できれば一戦を交えたい、叶うならば望む限り何度でも。
(壊したい)
戦って戦って、あの女が崩れる瞬間を見たいと強く思った。きっと綺麗にくずおれるんだろうと、その時どんな高揚を味わえるのだろうと、考えるのはそればかり。じりじりと、こちらが灼け死んでしまいそうなほどに渇望していた。
(こわしてみたかったのに)
その結果が、アレだ。
「……つまらない」
いやしくも武家の娘なら。たとえ相手が強敵だろうが、背を向けず正面から殺されてしまえばいいものを。つまらない、面白くない。こんなことなら何を言うでもなく殺してしまえばよかったと、神威は後悔する。
「面白くない」
呟いて、閉じていた目を開く。青い空に、ぽつぽつと白い雲が散らばっていた。
どこかで鐘が鳴っている。音の方向へ顔を向けると、思いのほか近くに教会があった。色とりどりの紙吹雪が舞っている。その中を、白い衣装に身を包んだ二人の男女が並んで歩いていた。
ああそうだ、今日はアイツの結婚式だっけ。戦いのない日常に身を置いている理由を、神威は今さらのように思い出した。
幸せそうな妹と、義弟になる男を見るともなく見て、ついと視線をずらす。二人の近くに、いつもより身なりを拵えた女がいた。彼女もまた、幸せそうに笑っている。
志村妙は、弟が何よりも大事だと言っていた。神楽もまた、実の妹のように可愛がっていると。そんな彼女の身内なら、嫌いたくはないと言っていた。けれど神威のことは、「好きでもない子供」と言い放った。毛嫌いしたくないとは言っていたが、今もまだ好きになってはいないだろう。神威が近づこうとすると、妙は必ず距離を置く。あからさまに離れはしないが、かといって近づくこともない。自分から近づくしか、妙に関われる手段がない。
自分から。
……自分から?
「ああ……そうか」
ふと、神威は気づく。
「つかまえればいいのか」
逃げられてしまうなら、逃げられないようにすればいい。当たり前のことを、どうして今まで思いつかなかったのだろう。これまでにない出会いで少しばかり混乱していたようだと、神威は口元を緩める。
しくじりを認めたなら、後は行動あるのみだ。
同じ失態は繰り返さない。今度は逃げられないように雁字搦めて、
(それからどうしようか?)
一息に殺すのはつまらない。妙にはぜひとも自分に対して抗ってほしい。抵抗すればするほど、壊す際の楽しみが大きくなるというものだ。
「それはこれからゆっくり考えよう。神楽が志村の家に入る以上、俺もあの女に縁ができる。会う機会は、いつだって作れるさ」
ああ楽しみだ。
誰に聞かれることもないその声は、喜びといとおしさに満ちていた。
ぱちぐら結婚の挨拶にきたお妙さんにちょっかいかける(闘らない?的な)神威
最強説のあるお妙さんなら神威が興味持ってもいいんじゃないかなと思うわけで
拙宅のお妙さんは神威相手だとタメ語になるようです