< 猫の首に鈴 >

 聞き慣れない音に目を向けた先には、いつになく珍しい光景があった。こういった場合は放っておくべきか突っ込んでおくべきかしばし悩み、阿伏兎は後者を選ぶ。

「えらくご機嫌じゃねえか、団長」
「あ、やっぱりわかる?」
「そんだけ嬉しそうに笑ってりゃ、嫌でもわかるよ」
「嫌でも、ってのはちょっと引っかかるなあ」

 言いながら神威は、手にした鈴をちりちりと鳴らしている。普段の神威には備わっていない、小さなそれに阿伏兎は目を向けた。すぐさま神威は、その視線に気づく。

「コレ? もらったんだ。あげないヨ」
「あんたから何かを取る気は一切ありゃあしねえって。……いつも行ってるとこの嬢ちゃんからでも、もらったんですか?」

 冗談まじりに聞いてみると、果たして神威は「ウン」と頷いた。阿伏兎はこれに驚く。訪問してはいつも追い返される(しかし神威はてこでも動かないらしいが)という話ばかり聞いていたので、その相手から賜り物があるとは思いもしなかった。
 そんな阿伏兎の驚きを横目に、神威は再び鈴を鳴らし始めた。その横顔はひどく嬉しそうで、いとおしそうな色すら含んでいる。見てはいけないものを見てしまった気がして、阿伏兎はそろりと顔をそらした。

「コレねえ、俺が来たのがすぐわかるようにって意味があるらしいんだ。だから、常日頃から必ずコレをつけてろって言われちゃった」
「『言われちゃった』って割には、ずいぶんと嬉しそうだな」
「だって、妙からの贈り物だよ。阿伏兎。これが喜ばずにはいられないって」

 きゃっきゃとはしゃぐ神威は、幼い子供のような無邪気ささえある。微笑ましいと思えなくもないが、神威の本性を知っているだけに複雑な気分でもあった。
 「妙」という女は、またとんでもない相手に気に入られたものだ。同情すら、ちょっと湧いてくる。
 しかし、神威が妙のところへちょくちょく向かうようになり、かなりの日数が経った。未だその逢瀬っぽいものは続いているので、神威も神威なりに妙を大事にしているのだろう。神威に渡された鈴を見ると、妙もまたそんなに悪い気は持っていないのかも知れない。それがいいことなのか悪いことなのか、阿伏兎には判断できやしないが。

「……にしても、団長。普段からソレつけてたら、隠密行動には向かなくなるんじゃねえか?」
「構わないヨ。逃げる獲物を追うのも、また一興だ。多少の騒動にはなるだろうけど、目的が果たせればそれでいいだろ」

 ほんの一瞬、神威の笑顔が含ませる色を変えた。それまでの甘ったるい空気はどこへやら、凄絶な闇色が神威をまとう。
 素早い切り替えに阿伏兎は、背中に冷や汗が伝うのを感じた。完全な恋馬鹿になっていない様子に、寒気すら覚える。これが団長が団長たるゆえんなのだろうか、ちらっと頭の端で考えた。
 それから降参したように、両手を上げる。

「へいへい。団長の言うことに反対なんてしませんよ。しねえからその殺気、収めてくんねえかな」
「ウン。聞き分けのいい部下って、俺は嫌いじゃないよ」
「そりゃ、ドーモ」

 死期はまた延びたようだ。

 そんなやりとりを経て、今の神威は「鈴」という要素も兼ね備えた夜兎へと変わった。
『鈴が鳴れば夜兎が来る』
 なんて、ことわざじみたものができるのも、そう遠くないんじゃないだろうか。

「ところで阿伏兎。俺もお返しに、妙に何かあげたいんだけど。何がいいと思う?」
「それを俺に聞くのかよ。……とりあえずは、自分があげたいものでいいんじゃねえの?」
「自分があげたいものかあ。うーん。俺としてはぜひとも首輪をつけてもらいたいけど」
「ぶっ」
「首輪なんてあげたら、絶対怒るだろうしなあ……」
「……」

 そのうち、
『鈴と女を備えた夜兎にはご注意』
 なんて、看板が立てられる日がくるもの、そう遠くない……いや、それはさすがにないことを祈る。

鈴をつけたところで音も立てずに行動できそうなのが神威です(なんかそんなイメージ)
タイトルはことわざ(イソップ物語)のとはあんまり関係ないと思われ