< くしけずる >
指通りのなめらかさに口元が緩む。自分のものがそこまで艶のある髪ではないので、おかしさは倍増だった。人の髪は人によって、こうも違うものなのかと。
相手に気づかれないように笑ったが、正面に立てられた鏡台が己の表情を包み隠すことなく相手へ伝えていた。
何がおかしいんですか、と女の眉根が寄せられてしまう。すぐさま、ゴメンネと謝った。しかしその表情も緩まれていたので、真剣さは届かなかったようだ。女の機嫌は直らない。ぷいと顔を横に向けられ、櫛を通すのが難しくなってしまった。
ごめん、と再び謝る。今度は気持ちが通じたのか、ややあって女は元の姿勢に戻ってくれた。よかったと安堵しながら、手を動かし始める。
艶やかな手触りに、さらりとこぼれていく感触に。ああまた口が緩んでしまう。
「はい、終わったヨ」
「……そうですか」
「アレ、それだけ? ありがとうの言葉はないんだ」
ザンネン、と眉を下げてみせる神威とは反対に、妙はまなじりを上げる。機嫌を損ねてしまったのだろうか。櫛を通すたびに口元を緩ませていたから、自分の髪質に笑われたと勘違いさせてしまったのかも知れない。
果たして妙は、それを口にした。
「髪を結ってくれるのは構いませんけど、その間ずっと笑われてるほうの身にもなってください」
「ああ、やっぱり勘違いさせちゃってたネ」
「勘違い?」
訝しげなまなざしを向けて、妙が問いかける。それにウンと頷いて、神威は結った妙の髪を手に取った。
「俺のと違うんだもん」
妙の目が軽く見開かれる。え、とこぼれた小さな音に、神威は笑いかけた。
「俺のとまったく違うから。妙の髪は綺麗だネ」
「な、にを」
「なめらかでサラサラして、手触りがいいんだ。気持ちイイ。自分の髪はそんなこと思わないけど、妙の髪はずっとさわってたいって思う。だからつい、口が緩んじゃったんだよ」
ゴメンネ。再三の謝罪は、妙の顔を赤く染め上げた。それなら構わない、と口ごもりながらも妙が言う。その反応がいじらしい。
いじらしいなんて相手に感じてしまう自分が、神威にはまたおかしかった。こんなのは、らしくない。これほどに穏やかな感情でいるなんて、自分はどこか壊れてしまったんじゃないか。そう思う。
「ねぇねぇ、妙」
「なんですか」
「照れてる?」
「……わかってるくせに、聞かないでください。悪趣味よ」
赤い顔を神威からそむけようとする妙に「フフ」と笑って、そんな静かな笑顔を作れた自分を嗤う。おかしいおかしい、こんな自分は正直言って気持ちが悪い。気持ちが悪いけど、悪い気分じゃない。そうも思う。
神威は妙を抱き込んだ。妙の驚いた声が耳朶を打つが、それに構わず女の肩に顔をうずめる。神威の頬にするすると、妙の髪が当たってくすぐったい。けれど不快ではなかった。
「妙っていい匂いがする」
「そう、ですか……」
「抱いてもイイ?」
「ぶちますよ」
抱擁はよくてもそれ以上はまだ無理なようだ。ちぇーと舌打ちをしながら、それでも神威は笑みを引っ込めなかった。
よっぽど心を許してないと、お妙さんは髪なんて触らせないと思います
つまりそれだけ仲が深まってると思ってくだされば