< 焦燥は夢に消え >

 いつもなら感じるはずのない窮屈さに、妙は眠い目をこじ開ける。その先に広がったものは、あり得るはずのない光景だった。

「ちょ、ちょっと……っ」

 まだ多分に残る眠気と驚きがないまぜになって、吐き出す声もふわふわと覚束ない。それでも妙の声が届いたらしく、あり得るはずのない光景そのものが薄く目を開けた。

「……オハヨウには、まだ早いんじゃないかナ」

 あふ、とあくびを噛み殺すこともなく表に吐き出して、神威は眠そうな顔を見せる。まだ寝てようヨという誘い文句と、先ほどより近づいた体を妙は慌てて押し戻した。

「なぁにぃ。妙だってまだ眠いんじゃないの?」
「ね、眠いのは、そうだけど……じゃなくて、なん、なんで、どうしてあなたがここにいるのよ!」
「どうしてって、もぐり込んだから?」
「疑問系で答えないでっ」

 神威はけろりと答えていたが、これはない。あり得ない、あり得るはずがないだろう。なぜってここは妙の部屋で、寝具もここで使うわけで、つまり妙の寝室にもなっているのだ。
 仕事を終えた妙は、いつものように床についていた。布団の中でぐっすりと眠っているはずで、そうここは……。

「こ、ここは、私の布団の中なんですよ!」
「ウン、そうだね」
「そうだね、って、な、何を平然と……」

 布団の中で、妙は神威にしっかりと抱きかかえられている。先ほど感じた窮屈さはこれだ。目を開けたらこんな状態になっているなど、誰が思うか。
 妙は顔を赤くさせ、まなじりを上げた。上げて怒声を発して(それでもまだ残る眠気でいつもより弱い)、神威にここから出て行くように言う。
 しかし彼は「イ・ヤ」と、妙の要求を拒んだ。そんな偉そうな態度を取れる立場かこの野郎と思うが、しっかりと回された腕は強く、簡単に振りほどけない。

「まーまー。俺さあ、今日の明け方近くまで働いてたから眠いのなんのって。妙もまだ眠いんだろうし、ちょうどいいから一緒に寝ようよ」

 ネ、とまたも神威が身を寄せては腕に力を入れた。ぎゅうぎゅうと苦しいばかりなのに、密着度が高くなるにつれて身をまとう体温も上がる。適度な温度上昇は、妙の睡眠欲をくすぐった。怒りに反して目蓋が重くなっていく。今、目を閉じれば、それはもうとても気持ちよく眠れることだろう。

「たえー?」
「……お」
「お?」
「起きたら、覚えてなさいよ……っ」

 悔しさと恥ずかしさが一緒くたになって、妙はやはりどこかふわふわとした現実味の持たない声を出した。そんな反応に満足したように、神威は笑う。それから少し腕を緩めて、オヤスミ、と目を閉じた。
 訪れた程よい開放感と、身を包むぬくもりに妙も目を閉じる。
 とりあえず今は一時休戦だ。しっかり休んだら休んだ分、節操のない行動を諫めなければ。

(ああでも)

 人の体温とはどうしてこうも心地よいのだろう。沸き上がっていた怒りが霧散してしまいそうになって、妙は焦った。再び目を覚ました時、自分はちゃんと諫言を与えられるだろうか、と。
 起きるまで結果は、わからない。