< ゴチソウサマ >

 バニラにストロベリー、チョコレートにグリーンティ。ラムレーズンにビターキャラメル等々、積み重ねられた数の分だけ味もさまざまだ。これだけ多くの好物がずらりと並ぶ光景は壮観である。妙はそれを冷凍庫に入れることすら忘れ、しばし見入っていた。

「食べるか冷やすかしないと、溶けちゃうヨ?」

 ぼうっと夢心地にいる妙を、神威の声が引き戻した。はっと我に返った妙は、そうね、と答えながらテーブルの上の冷菓を台所へと移動させる。その様子を眺めながら神威は、「食べないの?」と重ねて問いかけた。

「心配しなくても食べますよ。食べない分だけ冷凍庫に入れておくんです」
「そっか、よかった。せっかく持ってきたのに、一つも口にしてくれないのは寂しいもんネ」

 フフと微笑む神威に対して、妙は反応に困った。こんなふうに、柔らかい好意を向けられるのには慣れていない。いつもなら神威は、もっと威圧じみたものを見せてくるのだ。それがまったく感じられない雰囲気に、妙は困惑せずにはいられない。

「……あなたも、食べますか」

 気まずい空気をなんとかしようと(気まずいと感じているのは妙だけかも知れないが)、妙はぽつりと問うてみる。しかしすぐに、否の返事が返ってきた。

「俺はいいよ。それは妙に買ってきた物だから、妙が食べるといい」
「そう、ですか。じゃあ、お茶でも淹れます」
「それもいらない」
「え、でも」
「いいから。早くこっちおいでヨ。アイス、溶けちゃうよ」

 神威はにこにこと笑みを形づくったまま、妙を手招きしている。いらないと言うなら仕方がない。妙は茶筒の蓋を閉め直し、冷凍庫に入れなかった一つだけのカップアイスを手に居間へ戻った。

「……」
「食べないの?」

 本日、二度目の催促に妙は眉根を寄せる。食べますよ、とやや乱暴に返しながら、妙は容器の蓋を開けた。神威はそれをじっと見ている。

「……あの」
「ウン、何?」
「そんなにじっと見られてると、食べにくいんですが」
「俺のことは気にしなくていい。それ、好きなんでしょ?」

 好きは好きだが、貫くように見られながら食べるのは居心地が悪い。そも、気にしなくていいと言われたところで気にしないでいられるほど、妙は悟りを開いていないのだ。神威の申し出を聞き入れるのは、無理な話というものである。
 しかし、無理だと言ったところで神威がどこへなりと消えてくれるものでもないことを、妙は既に知っていた。それがわかるくらいには、神威との付き合いも長いのだ。不本意、まさに不本意に培ってきた経験ではあるが。
 妙は一つため息をついて、乳白色をすくい上げた。口に入れると同時に、甘い香りと味が広がる。ああやっぱりおいしい。妙はほんの一瞬、神威の存在すら忘れて思考をアイス色に染めた。

「オイシイ?」
「ええ」

 問いかけられて彼のことを思い出し、それからすぐに返事をする。神威はにこにこと、あるいは妙よりも嬉しそうな表情を見せた。
 なぜそこまで神威のほうが嬉しそうなのか、妙にはわからない。だが気にしても答えは出ないだろうと早々に自己解決し、アイスを楽しもうと手を動かす。二口、三口、食べ出したら止まらなかった。

「ごちそうさまでした」

 買ってきてくれた人が目の前にいるということもあって、妙は食事時と同じように空の容器の前で手を合わせる。それに対して神威は「ウン」と頷いた。

「妙はアイスをおいしそうに食べるネ」
「そうですか? 自分じゃどんな顔してるかなんてわからないわ」
「見てて気持ちいいよ。俺もそんな顔するのかな」
「さあ、どうでしょうね」

 いつもより穏やかな気分で首をかしげると、何かいいことを思いついたように神威の顔が輝く。その変化に少し悪い予感がした。

「じゃあ、妙が見てみてヨ」
「え?」

 にっこりと笑みを深めた神威は続ける。

「ねえ、妙。ちょうだい」

 神威は「何を」とは口にしない。しかし話の流れから考えれば、神威の食べる様子を妙に確認させたいということなのだろう。では何を出せばいいのかという問題になる。食べる物がいいなら、茶はだめだろう。そして先ほど神威は、アイスはいらないと言った。今から食事を作るのも時間がかかるし、手軽にすませられるものと言えばお茶菓子だろうか。果たして神威がお茶菓子程度で満足するのかはわからないところではあるが。
 ともかく、持ってこないことには話は進まない。

「いいですよ。少し待っててくださいね」

 神威の要求に頷いて、腰を上げようとする。そんな妙を神威の手が制した。

「なんですか。少し待っててくださいって、いま……」

 言ったところじゃないですか。
 続くはずの言葉は、神威の口の中に消えた。

「やっぱり、リッチミルクはちょっと甘ったるいネ」

 明日はコーヒーかグリーンティ味ヨロシク。妙の耳元に声を落とした神威は、満足そうな笑顔でその場から去っていく。

(どんな顔してたか、聞いてないじゃない)

 神威が去ってどれくらいの時間が経ってからか、妙はようやくそんなことをぽつりと思った。

ちゃんと答えなかった神威も悪いけど、最後まで追及しなかったお妙さんも悪いっちゃー悪いわけで
ちなみに私はリッチミルクよりバニラ派です(聞いてない)