< 「愛しい」は「かなしい」とも読めるそうで >

 ほんのかすかに残った香りは、煙草の苦さと甘味食の甘さを含んでいた。それに顔をしかめながら、沖田はぽつり、声をこぼす。

「どうしたらいいんでぃ」

 どうしようもできないのに。繋ぎ止めたところで、ひとつになれるわけではないのに。それは簡単に、離れてしまうのに。

「……たえ」

 机に両手をついて、未だ眠る彼女へと声を落とす。落ちていったのは、小さな声だ。それでも、その声を聞き逃すまいとするように、まつ毛が震えた。ややあって、伏せられていた目蓋がゆるゆると上げられる。まどろみから覚めようと二度、三度またたいて、それから妙は微笑んだ。

「委員会、終わったの?」
「……ああ」
「私、寝ちゃってたのね。逆に待たせちゃったかしら」
「いんや、そんなことねえぜ。ついさっき、来たばかりでさぁ」
「そう、よかった」
「……」
「……。沖田くん?」

 不思議そうにまたたく目が沖田に向けられた。夕暮れが、妙の白い肌を橙色に変えている。まるで自分を見て頬を染めているように思えて、じりりと体の奧が灼けた。

(笑うなんて、卑怯でぃ)

 起きてすぐに形づくったのが破顔だなんて。自分に向けるのが、無防備な笑顔だなんて。沖田くん、と警戒のない顔がこちらを見つめる。不思議そうな声にすら甘さが含まれているように感じて、沖田は少し混乱した。

「妙」
「何? ……ねえ、何かあった?」
「なにも。何も、ねえんでさ」
「うそ、ついてない?」
「俺が妙に嘘をついたことがあるかぃ」
「あるわ。いっぱい」

 即答されてぐっと詰まる。思い当たることもいくつかあるので、反論もできなかった。

「でも、隠し事はしないわ」

 項垂れて隣の席へと腰を落としていると、妙が言葉を加えた。軽く目を見開いて、顔を上げる。やはり妙は微笑んでいた。微笑んで言う、本当に大事なことは話してくれるわ。

「妙が、好きでさぁ」
「急にどうしたの? ……私も、好き、だけれど」

 微笑みがはにかみに変わって、今度こそ本当に頬へ朱が走った。何よりも好んでいる色が見て取れて、思わず手を伸ばす。短い悲鳴の後に、腕の中には妙の体。いつ抱きしめても、彼女の体は細くて折れそうだ。大切にしたいのに、一思いに壊してしまいたくなるのはこんな時。
 それは妙が細いからだ。妙が自分とは違う生き物だからだ。捕まえていなければ、個の存在になってしまうからだ。手を離せば自分のものではなくなるから、不安、だから。
 本当に安心するのは、自分の手で粉々に壊した時なのかも知れない。そう思う。けれど壊してしまえば、もう二度とこのぬくもりを感じられなくなる。それは絶対に嫌だった。
 今この時も。
 腕の中にある熱が愛しい。背中に回される腕がいとおしい。
 かき抱いて妙を感じる。彼女の香りを自分に移して、自分の香りを彼女に移して。
 あんたは俺のもの。
 俺はあんたのもの。
 誰にも渡さない。
 誰にも奪わせやしない。
 だからねえ、お願い。
 誰にも奪われないで、誰にも手を伸ばさないで。
 俺を繋ぎ止めて、俺だけを求めて。

(こんなきもち、あんたにしか感じたくない)

 苦しい、愛しい、悲しい、やるせない。
 どうしたらいい、どうしたらこの感情が鎮まってくれる。

ひたすら甘いのを目指した結果、消化不良に(アイター)
追記:3Zの場合はタメ語になるんじゃないのかと修正してみました。敬語に慣れてるのでタメ語がよくわかりません。ちゃんとできてるのかコレ