< 一週間で完治するかは神のみぞ知る >
近づけた顔は、白い手に阻まれた。抗議の目を向けるも、困ったように頬を染めるだけの彼女に首をかしげる。
「だめなんですかぃ」
手のひらに覆われているせいで、沖田の声はくぐもっていた。それでも近い距離なので、何を言われたかはわかるのだろう。投げかけられた言葉に、妙はそろりと頷いた。
「どーして」
「……だって」
ぽつんと呟いたまま、妙が口を閉ざす。ついでに顔もうつむけてしまった。何があったのだろうと沖田は訝しむ。今までこんなことは一度もなかった。心変わりでもしてしまったというのか。
(それはねえだろぃ)
妙の頬は今もまだ赤い。それは何かとても恥ずかしいことを前にした時に見せる表情だ。沖田を嫌がっているわけではない。だとしたら、なんなのだろう。
「姐さん」
「……」
「黙ってちゃわかりませんぜ」
「…………」
「…………」
「……!」
黙したままの時間を過ごすのも退屈なので(何せこれからイロイロやろうとしていたのだ)、沖田は未だ覆われていた手のひらに舌を這わせた。小さく声を上げた妙は、慌てたように沖田と距離を取る。その行動の速さに、沖田は少しだけ驚いた。
「そんなに離れられたら、傷つきまさぁ」
「だ、だったら急にこんなことしないでください!」
「そう言われましてもねえ……。姐さんが何も言ってくれないから、やむを得なかったんですぜ」
意地悪げに言うと、妙は言葉を詰まらせた。それからまたうつむいてしまう。追い詰めているつもりはないのだが、どうも言い方が悪かったようだ。すいやせん、と沖田は謝った。
「……沖田さんが謝ることないわ。悪いのは本当に、私のほうなんだし」
「じゃあ、理由を話してくれやせんか?」
返ってきたのは沈黙だ。どうしたもんかと、沖田はため息をつく。
「まあ無理にとは言いやせんが。とりあえず戻ってきてくだせえ。離れられたまんまは勘弁願いてえ」
おいでおいでと手招きすると、妙は素直にやってきた。困惑気味の表情だったが、それは真実を言えないことに申し訳なさを感じているというものだ。言いたいが、何かが邪魔をして言えないのだろう。妙の表情一つだけですべてが理解できるなんて、結構な溺れ具合だと考える。妙もまた沖田に応えようとしているだけ、救いはあるだろうが。
「……嫌じゃないんです」
「え?」
手招きに応じた妙を引き寄せてとりあえず抱擁を堪能していると、妙の小さな声が耳に届いた。肩から手は離さず、沖田は妙を見る。まなじりを赤く染めた妙は、同じように沖田を見上げていた。
「笑いませんか?」
「まあ、正直に言ってくれるなら」
上目遣いでの要求をはねのけられるほど、屈強な精神は持ち合わせていない。今にも切れそうな理性の糸をなんとか保ちながら、沖田は頷いた。
「……口内炎が、できたんです」
は? と聞き返しそうになって、沖田は開きかけた口を閉じる。腕の中には、茹で上がったような真っ赤な顔。仕事によって規則正しいとは言えない昼夜逆転の生活を考えれば、妙の言ったことは聞き間違いでも冗談でもないのだろう。そして、沖田からの口づけが触れ合い程度で終わらないことがほとんどな現状を考えれば、妙が拒んだ理由もわかる。
「姐さんは、痛いのは嫌いなんですかぃ」
「当たり前ですっ」
即答される。まあそりゃそうだろう。仕方ありやせんねと、沖田は妙の肩を引き寄せた。
「いつ治るんで?」
「できたのは最近だから、最低でも一週間はかかるかしら」
「……まさか、それまでおあずけってことじゃねえですよね」
「一週間なんて、すぐ経ちますよね?」
抱きしめているので表情は見えないが、おそらく妙は笑顔だろう。そりゃねえぜ姐さんと嘆き、それからすぐに妙案が浮かぶ。
「舌入れなきゃいいんでしょう」
「でも、だめよ。それで止まってくれるなんて、思えないわ」
「姐さん……」
信用されない悲しさはあれど、反論もできなかった。何せ自分は青少年。高揚した状態で突き進むなと言われても、抑える自信がいまいちない。
「……じゃあ、それ以外は?」
「一週間なんてすぐ経ちますよね」
二度目の台詞は、寒気と棘を含んでいた。そっちもおあずけらしい。抱きしめるのはいいですよ、とは言われたものの、それ以上は禁止となると蛇の生殺し状態だ。
「拷問は、されるよりするほうが好きなんですがねぃ」
「おかしなことを言わないでください」
疲れたように呟く沖田に妙はため息をついたようだ。寄せていた身を離し、視線を沖田に合わせる。怒っているのだろうか、黒曜の目がまっすぐ自分を貫く。
かと思えばそれはゆっくり近づき、
「……一週間は全部、私からしますから」
それで我慢してくださいと、ゆるり離れた。
滅多にない妙から与えられた熱に、沖田はしばし固まる。これからの一週間、いろいろな意味で大変なことになりそうだ。
果たして理性は持ってくれるだろうか、考えずにいられなかった。
口内炎ができた時に思いついたネタ