< 占め子の兎 >

 すまいるの一角、その場に、どのホステスをつけることもせずに酒を呑む男たちが三人いる。少年漫画よろしく友情に篤いわけでもない、腐れ縁的なものを持つ三人ではあるが、そこそこに話は盛り上がっていた。多分。
 そんな中で男二人がぽつりとこぼした言葉の数々、それに残りの一人が反応を見せる。
 そうして残りの一人であった沖田は、そうですねぃと口火を切った。

「見た目にもわかりやすい右手首の包帯は一昨日悪漢を退治した時にひねったもので、その上の人差し指にある絆創膏は退治した際に割れたグラスの破片で作った傷に貼ったものです。ちなみに昨日、まあ正確には今日ですかねぃ。仕事帰りに恒道館の門のところでつまずきまして、咄嗟に俺が抱えたんですがうっかり右手を強くついちゃいましてねえ。引いてた痛みが増しちまったようです。ああもちろん俺ぁ謝りやしたが、姐さんは『気にしないでいい』って笑って答えてくれやしたよ。それで今夜の姐さんの頬になりやすが、思ってた以上に右手首が痛かったらしくてなかなか寝つけなかったそうです。捻挫じゃあなくて、日頃の右手酷使がたまりにたまって痛みが長引いてるんじゃねえですかね、ってのが姐さんの見解なようで。俺もその意見は、あながち間違っちゃねえと思いやす。話を戻しやしょう。寝入るのに時間がかかったせいで、姐さんは満足に睡眠が取れてねえようです。仕事に出る前に見た顔は青白くて、とても人前に出すようなもんじゃなかったみてえでして。だからいつも以上に頬紅をさしたんですねぃ。おかげで青白いのは隠せたようですが、いつもより雰囲気が変わっちまったようです。目こそ潤んじゃいやせんが、ほろ酔い状態に見えるのはそのせいでしょう」

 息継ぎはしつつも話の腰を折らせる隙を見せない沖田は、そこでようやく話し終える。口が閉じられたことを認めて、その場にいた沖田以外の数人(てゆーか二人しかいないけど)はゆるゆると息を吐いた。

「……えーっと、総一郎くん」
「総悟です、旦那」
「顔のこたぁともかく、なんで一昨日のことからをこと細かに知ってんだてめえ」
「なんでだと思いやすか、土方さん」

 にやりと意地の悪い笑みを口元に湛えて、土方と銀時に当てていた視線を彼方へ流す。その先には、いつでも変わることのない猪突猛進の近藤とそれを伸す妙の姿があった。
 がしゃああんと盛大な音が響き、すっきりとした妙の表情が離れた席からも見える。近藤さんも相変わらずでさぁと呟きながらその様子を眺める沖田に、おい、と今度は低い声が耳を打つ。
 素直に視線を戻すと、似たような雰囲気を携えた男の顔が二つ並んでいた。不機嫌な色合いに、沖田はおかしそうに笑う。

「俺はただお二人がこぼした質問に答えただけでさ。なんで姐さんの手首に包帯が巻いてあるのか、指に絆創膏なんかいつ貼られたのか、今夜の姐さんはどことなく色めいて見えないか。俺はその答えを知ってやしたからね。疑問が解決してすっきりしたんじゃねえですかい?」

 それとも何かご不満でもありやすかと、重ねて問いかけると、向かい合わせで座っている男二人から殺気が生じた。本来は賑やかであるはずの酒場、その一角に殺伐な空気が漂う。しかし沖田は、その状況を楽しむだけだった。

「先に言っておきやすが、ストーカーじゃありやせんぜ。一昨日と今日の朝方と夕方、ちゃァんと姐さんの合意の元で一緒にいやしたから。化粧のことも姐さんの口から聞きやした。これだけ言やぁ、聡かろうが鈍かろうがおわかりいただけるでしょう」

 氷がぶつかり合う音をさせながら、透明な酒をのどに流し込む。あまり呑んでは今夜(正確には明日の明け方か)の迎えに差し支えるだろうから、この一杯でやめておこうと沖田は考えた。
 その間も、ぴりぴりと鋭い空気が肌に当たってくる。この空気も、酔い覚ましにはうってつけだ。

「姐さんを心配するのは勝手ですが、お二人がそこまでなさることはありやせんぜ」

 グラスからくちびるを離し、ことさらゆっくりとテーブルに置いた。それから今日一番の嫌みったらしい笑顔を前方に向けて言い放つ。

「姐さんには、俺がいやすから」

占め子の兎=物事が思い通りに運んだ時に言う洒落
ここでの「思い通り」は沖田と妙の関係性をほのめかして、二人の悔しがる(妬み混じりの怒り)顔を見ること
ちなみに土方さんは近藤さんのお迎え、銀さんはお妙さんに会いにきたとかそんな感じ