< 洗濯物が台無しです >
日の光を浴びた衣類は柔らかく、ぬくもりも残っていてさわり心地がいい。久しぶりの快晴は妙にとって、とても助かった。何せここのところ雨続きで、洗濯物がたまるにたまっていたのだ。これでようやく、すっきりする。
すっきりするのはいいが、量が多いので畳むのには骨が折れそうだ。
(今日が休みでよかった)
制約がないのなら、気兼ねなく時間を使える。せっかくだからゆっくり作業しようと、妙は思った。
こうして縁側で暖かい日を浴びながら、ゆるゆると衣類を畳む休日もいいだろう。これが終わったらお茶でも飲んで、それから夕餉の支度に取りかかろうか。今日は何にしよう、そんなことを考えながら手を動かす。
と、妙の視界に、ひょっこりと人が現れた。馴染みの顔に、妙は口元を綻ばせる。
「こんにちは、沖田さん。またサボりですか?」
「どうも、姐さん。……想像に任せやす」
沖田の反応はいつもより鈍かった。表情もどことなく沈んでいるように見える。妙は首をかしげ、どうしたんですか、と問いかけた。
「てえしたことはありやせんよ。姐さんにとっちゃあ、微々たることなんでしょうし」
縁側に腰をかけ、はああ、と大仰にため息をつくさまは、十分に大したことがあったのだと妙に知らせる。あからさまな態度に、妙は苦笑をこぼした。
「そんなことありませんよ。誰かに言ったら、少しはすっきりするかも知れません」
「だといいんですがねぃ。ねえ、姐さん」
「なんですか」
「昨夜、旦那がここに泊まったってホントですかい」
質問の内容に、妙は目をまたたかせた。どうしてそのことを知っているのだろうと沖田を見つめ返せば、目の前には怒り混じりの不機嫌な表情がある。
消沈していたように感じたのはこれが原因か。妙は動かしていた手を止めた。
「本当か嘘かと聞かれれば、本当です」
「……なんででぃ」
「なんでも『親切な銀さんは、捨て犬に傘を差してあげられずにはいられなかった』そうですよ。濡れ鼠でぶるぶる震えながら風呂を貸してくれと押しかけてきたんです、昨夜。お風呂を貸した後、なんだかんだで布団も貸すことになりました」
ふふと小さく笑うと、沖田の眉根が寄せられる。機嫌がますます悪くなっていることが見て取れて、妙はさらに笑みを深めた。
「沖田さんが心配するようなことは何もありませんよ。新ちゃんもいましたし、銀さんには神楽ちゃんもついてましたから」
「……チャイナが?」
今度は沖田の目がまたたく。その様子だと、沖田は銀時が神楽と一緒だったことは知らなかったようだ。ニュースソースは誰なのだろう。ずいぶんと不透明な内容を沖田に知らせたものだ。
「そう。神楽ちゃんも、定春くんも一緒にお泊りしていったんです。万事屋に帰るより、ここのほうが近かったんでしょうね。銀さん一人ならともかく、神楽ちゃんや定春くんもいたもの。なおざりにするわけにはいかないわ」
「……そう、だったんですかぃ」
安堵の吐息をつく沖田に、妙は微笑む。妬いたんですか、と揶揄すると、渋面が返ってきた。
「どうせ俺ぁ、ガキっぽいんでさ」
ザキの野郎、覚えてろよと、沖田が小さく呟く。情報元は山崎らしい。さすが監察方だと言いたいところだが、正確ではない辺りがマイナスだ。
それとも知っていて、彼はわざと正確でない情報を与えたのだろうか。沖田の反応を見るために?
(それはさすがに考えすぎかしら)
わざと誤情報を流して、相手の反応を面白がったところで。それが意図的なものだったと発覚すれば、相手が沖田ならば報復されるのは必至だ。わざわざそんな危険を山崎が冒すとは、妙には思えない。では山崎もまた、正確なことは知らなかったのだろうか。それも考えにくい。
うーんと首をかしげ思考に耽っていると、耳元で大呼され妙は驚いた。一人分を開けた先に座っていたはずの沖田が、いつの間にやらすぐそばまで来ていたのだ。その上、耳元で大きな声を張られれば、誰だって驚く。目を見開かせてなんですかと少し怒りつつ問い返せば、呆れた表情が返ってきた。
「なんですかはこっちでさぁ、姐さん。急に黙り込んだ姐さんにどれだけ呼びかけても、なんの反応もねえんですから」
「え、あら……。それは、ごめんなさい」
確かに思考に耽っている間、それ以外のことにはまったく意識が行っていなかった。沖田の言うように、呼びかけにも反応していなかったのなら非はこちらにある。素直に謝ると、沖田はすぐに首を振った。
「別に構いやせんよ。何考えてやした?」
「何って、山崎さんのことを」
言って、しまった、と妙は口に手をやる。
が、その動作にまったく意味はなく、沖田をまとう空気が重くなった。姐さん、という呼びかけが痛い。言葉は目に見えないはずなのに、それは形になって妙の体を打ちつけているようだ。
「ち、違うんですよ、沖田さん」
「へェ? 何が違うんですかぃ?」
そもそも俺は何も言ってやせんよね、と沖田は笑顔で問いかける。その笑顔が怖いのだが、そんな反応をさせてしまったのは妙だ。いろいろ省いて山崎の名を出した己の迂闊さを、妙は呪った。
沖田は先ほど、妙を呼ぶために近づいていた。それから離れることもなくその距離を維持していたため、今の沖田と妙の距離は皆無と等しい。
「お、沖田、さん」
「なんですかぃ」
「近すぎません、か」
「近くにいちゃいけやせんか?」
昨夜のアレに嫉妬する男なんですぜ、近くにいたいと思うのは当然でしょう。お互いの鼻先が触れるか触れないかの状態で、そろりと告げられた。熱を含んだその声に、妙は否定も肯定もできない。ただ誘われるように、頬へ熱が集まった。
「お泊まりの真相はなんにしろ、旦那が姐さんと一晩を共にしたのは真実でさ」
「それは、ちょっと語弊が……」
「それを聞いて平静でいられるほど、俺は人間ができていやせんぜ」
「沖田さん」
「さっきはさっきでザキのことを考えてるってぇし」
「いえ、だからそれは」
理由があるんですと告げようとした口は塞がれ、そのまま柔らかい布の床に倒された。
「せっかく畳んだのにやり直しじゃないですか」とこの後沖田くんが手伝わされるオチ