< ほどほどって言っても人によってだいぶ違うよ >

 昼食の片づけをして居間へ戻ってくると、それまでなかったはずの存在が現れていた。妙は「その存在」に微笑みかけて、手近にあったダンベルをためらうことなく投げつける。

「えええ!!? ちょちょちょっとお妙さんそれはマジであぶな」

 容赦なく放られたダンベルは、本気の悲鳴を上げる近藤にぶつかる間際に、第三者によって阻まれた。咥え煙草のその男は、ダンベル片手に顔をしかめている。

「あのなお妙さん。これでも一応、近藤さんはウチの大事な局長なんだ。簡単に殺すような真似、しちまわねえでくんねえか」
「トシ……。助けてくれるのはいいが『これでも一応』ってひどくない? 俺、一応でなくて正真正銘、真選組の局長だよ?」
「自覚してるんなら、不法侵入はいい加減にやめましょうよ局長。回収するのと、姐さんに苦情言われるこっちの身にもなってください」
「あら。ストーカーだけじゃなく、副長さんと監察方まで勝手に入っていらしたの。上司と部下が揃って迷惑かけに来るだなんて、警察の名が聞いて呆れますね」

 にこにこと妙は微笑み続けているが、その内心は煮えくり返っていた。近藤はともかく、土方と山崎はそれを感じ取っているのだろう。土方は「いや」と呟き、山崎は愛想笑いをしている。
 そこで妙は、いつもなら目にするもう一人の人物が見当たらないことに気づいた。わずかに首をかしげてみせれば、それに気づいたのか土方が口を開く。

「総悟なら別件に出向いてる」
「……何も聞いてませんけど」

 言い当てられて気まずさを覚えた妙は、姿勢を正して正面から土方を見すえた。負け惜しみのような口調になったことは自覚していたが、かといって素直な心情を吐露することも憚られる。唯一できることといえば、そうやって目を合わせることくらいだ。
 妙の視線に、土方は小さく笑う。揶揄めいた笑みに、妙はますます腹を立てた。もう一つのダンベルも投げつけてしまおうかと思ったところで、山崎が割り込んでくる。

「とと、とりあえず姐さんっ。局長は責任持って回収していきますから、姐さんはゆっくり食休みでもしててください。ほら局長、一目見られたからもういいでしょう。行きますよ」
「待て、山崎。食休みとなれば話し相手がいたほうが楽しいだろう。ここは俺がお妙さんと未来予想図でも語り合うのが、一ば……」
「そうですね、近藤さん。あなたがあの世へ旅立つ未来なら喜んで。語るだけでなく実行もしてあげますよ」

 いらぬ苛立ちを覚えさせられたことに、妙の怒りは頂点に達していた。投げつけようと思っていたダンベルを握りしめて、どのようにぶつけようか思考を巡らせる。

「ちょォォォォ、ストッ、ストップ姐さん! 副長、余計に怒らせてどうするんですか!!」
「案外、可愛いモンじゃねェか」

 ことさらおかしげに笑う土方に、妙はターゲットを近藤から土方へと変えた。怪我を負わせるのはきっと無理なのだろうが、黙っているだけではいられない。思いきり投じようとしたところで、今度は後ろから阻まれた。

「!」

 思わぬ方向からの妨害には、妙もさすがに驚く。目を見開いて後ろを振り向けば、そこには妙の手首を掴んだ沖田の姿があった。

「お、きたさん?」
「へぇ。どうも、お妙さん」

 ぺこんと頭を下げる沖田に目をまたたかせていると、同じように驚いたのか近藤や土方、山崎が沖田の名を呼ぶ。そして三人は口々に、どうしてここに、仕事はどうした等々の質問を繰り出した。

「心配なさらねえでも、仕事は片づけやしたよ」

 言いながら沖田は、妙の手からダンベルを外す。妙はまだ吃驚から抜け切れず、沖田にされるがままになっていた。
 物騒ですぜと声をかけながら、外したダンベルを元の位置に戻す。それから沖田は、妙の手首を離さないまま土方へ目を向けた。

「あんまりお妙さんをからかわないでくだせえよ、土方さん」
「別に、からかったつもりはねェがな」
「そうですかねぃ」

 ぽつりと沖田が呟いたかと思うと、妙の手首を掴んでいた指が不意に離れる。解放されたと思うより早く、今度は後ろから抱きつかれ妙は焦った。

「ちょっ……、沖田さ」
「ああああ総悟、ずっ、ずるいぞお前!!」
「だめですよ局長! そんなこと言ったら、また姐さんにどやされます!」
「……なんの真似だ、総悟」

 山崎は、ぎゃあぎゃあと騒ぐ近藤を抑えるのに奮闘せざるを得ない。残った土方が迎え撃つ姿勢を取ったが、沖田は余裕の笑みすら見せる。

「羨ましいからって、八つ当たるこたぁねえでしょう。それじゃあお妙さんが可哀想だ。言っておきやすが、土方さん」
「なんだよ」
「お妙さんをからかっていいのは俺だけですぜ。横から茶々入れんのは、やめてくだせえよ」

 人前で密着することなど、妙には許容できない状態だ。なんとか離してもらおうと妙はもがくが、沖田はそれを聞き入れるつもりはないようでびくともしない。その間も沖田と土方は、見えない火花を散らせながら言葉を交わしている。

「さあ。近藤さんが未だこの状態だからな。お妙さんが誰かと既にくっついてようが、ちょっかいくらいならしちまうかも知れねえぜ?」

 先ほどまであった不機嫌はなくなり、今の土方は機嫌がよさそうだ。対して、今度は沖田が顔をしかめた。回した腕に力をこめたのか、妙への拘束が少し強くなる。

「……ちょっかいだけで、すんでほしいもんでさ」
「その辺はどうなるかわかんねえな」

 告げて土方は、未だ叫び続けていた近藤の襟首を掴んだ。ほれ行くぞ近藤さんと、彼は後ろを振り向くことなくすたすたと歩く。ようやく収拾がつくことに安堵の息をついた山崎は、妙と沖田に会釈した。

「すいません、姐さん。局長ってば、一目でも見ないと仕事できないって駄々こねて止める間もなく行っちゃったもんで、阻止できなかったんですよ」
「あの様子じゃ、土方の野郎も本気で止めてねぇな」

 その場に残ったのが山崎だけだからか、沖田が妙から身を離す。ようやく訪れた自由に、妙も軽く息をついた。そんな二人に苦笑しながら、山崎が乾いた笑いをこぼす。

「近藤さんはともかく、副長は何考えてるか掴めませんからねえ。こればっかりは隊長ファイトと言うしかないです。では、俺も行きますね。沖田隊長も、ほどほどで戻ってきてくださいよ」
「……まあ、ほどほどで、な」

 それじゃあと告げる山崎の背中を見送った後で、妙は難しい顔をしている沖田に目を向ける。先ほどのやり取りについて聞こうかと思うも、結局何も聞かないことにした。
 ただ一言、ねぎらいの言葉をかける。

「お仕事、お疲れ様です」

 妙の言葉に沖田は目をまたたいて、ふっと口元を緩めた。

「真面目に働くのは疲れやすね。ちょいとここで休んでもいいですかぃ?」
「いいですよ。ほどほど、なら」

沖田が「お妙さん」と呼んでる辺り妙とは既にひっついてるみたい。公認っぽいですが近藤さんは相変わらずのようです
土方の本心はどうなんだろう。単に二人をからかってるだけか実は本気な部分もあるのか、はてさて