< どんなひとがすき? >

 一世一代の告白と言うならば、妙にとっては「それ」であった。

「沖田さんはどんな女性が好みなのかしら。……たとえば、お付き合いするならこういう人、とか」

 スナックすまいるで、いつものように近藤が倒れ伏し(今日の原因は暴飲である)、ぐでんぐでんの近藤を抱え上げることのできる土方が迎えに来るまでの間の、沖田との会話。
 唐突と言えば唐突でしかない質問だ。しかし周りに漂う酒の香りが妙自身すらも酔わせたように、つい、ぽとりと落としてしまった。

「……唐突ですねぃ、姐さん」

 妙の質問に、沖田は目をまたたかせている。その驚きように気まずさを覚えた妙は顔をうつむけて、「酔っ払いのたわごとです」と取り繕った。その様子に沖田は、おかしげに口の端を上げる。

「はて。姐さん、呑んでやしたっけ?」
「お店の空気に酔ったんです。……沖田さん、わざと言ってません?」
「さすが姐さん。お見通しで」

 沖田さん、と妙が再び睨みつけると、沖田は両手を上げて降参の意を示した。それから、姐さんがいつもと違うから、と笑いを含んだ声で続ける。

「酒にちょいと酔うと、アンタは普段よりあでやかになるようでぃ。緊張して、つい口が滑るんでさ」
「……どうせ滑らせるなら、揶揄じゃなくて賛辞にしてほしいわ」
「俺は女人を褒める言葉なんて知りやせんよ。芋侍ですからねぃ」

 だから好みの女と聞かれても、具体的なものは出てきやせん。するりと落ちた言葉は、妙の質問に対する答えだった。思わず聞き逃しそうになっていた妙は、流れていく音を慌てて拾い集める。
 つまり沖田のタイプはない、ということなのだろうか。最初は聞く気などなかった質問、無意識に聞いてしまっていたこと、聞けるなら答えが欲しいと、本当はずっと知りたいと思っていたこと、けれど収穫は皆無に等しい。
 がくりと肩を落としそうになった妙に、強いて言うなら、という声が耳を打った。

「かんざしが似合う女は、嫌いじゃねえです」

 翌々日、妙は休日を利用して簪の専門店に足を運んでいた。すまいるで働くようになってから、化粧品や装飾品の店舗に通う機会が多くなった。この店も、馴染みの店員に聞いてきたものだ。簪にも専門店が存在するとは驚きだが、それだけ需要があるのだろう。考えてみれば姫や芸妓、単に身を飾るものとして購入する人間は多いのかも知れない。

(綺麗……)

 妙は、こういった小物はいつも財布に優しい量販店で買っている。量販店といっても、種類も見目も申し分はないものだ。
 しかし、専門店となるとさすがにすべてが違って見える。簪それそのものが自ら光を放っているような、そんな錯覚を起こした。くらくらと眩暈を覚えながら、多種多彩な装飾品を眺めていく。

(沖田さんは、どんなものが好きなのかしら)

 つい先日のことを思い出した妙は、わずかに頬を染めた。本当にあの時の自分はどうかしていたと今でも思うが、結果的に聞きたかったことを聞けたのは僥倖だ。少しでもあの人の好みに近づけるのなら、この機会を逃す手はない。
 店内を回りながら、とりどりの簪に手を伸ばしてみる。平打簪、玉簪、チリカン、ビラカン、松葉簪、吉丁、びらびら簪、つまみかんざし、エトセトラエトセトラ。簪の種類だけで頭はパンクしそうだ。

「……せめて、簡素なのか華やかなのかも言ってくれたらよかったのに」

 ぶつぶつとこぼす文句に連なるように、簪に下げられた飾り物がしゃらしゃらと鳴る。照明できらきらと光る簪たちは妙の目を楽しませるが、それが自分に似合うかと聞かれれば悩んでしまう。あまり華美すぎても不相応だろうし、かといって地味すぎるのも手を伸ばしかねる。贅沢は敵だが、飾り物となると少しでも鮮やかなほうに目がいってしまうのだ。
 そうして数分、気づけば一時間、妙はうんうんと悩み続けた。何種類かを手に取り鏡の前で合わせてみたが、それが自分に似合っているのかはわからない。どうしたところで主観的な意見にしかならず、客観的なものは求められないのだ。こっちのほうがいいだろうか、あっちのほうが映えるかも知れない、それともそっちだろうか、いやどれも目を引くような……。

「姐さん、姐さん」
「こっちのような、あっちのような……ああでもなんだか違う気が」
「……気づいてねえや」
「これは飾り物が綺麗だけど、ちょっとうるさすぎるわよね。でもこれだと素っ気なさすぎるし」

 長考する妙は、ひょっこりと顔を出した沖田に気づかない。考え事を口に出しては、あれでないこれでないと手に取っては戻すを繰り返す。沖田はその様子をしばらく眺めていたが、やがて妙から離れてどこかへと姿を消した。
 人が近づき、そして離れたことにすら気づかない妙は、それからも迷い続ける。自分はこうも優柔不断であったのだろうかと落胆しながらも、手は止めなかった。沖田の好みに少しでも近づきたいという気持ちは、それだけ大きかったのだ。

「ありがとうございました」

 不意に店員の声が妙の耳を打った。誰かが簪を買ったのだろう。自分も早く納得のいく品を買いたいものだと思いながら、こうべを巡らす。と、急に頭を掴まれ、何かを挿し入れられた。

「!」
「ああ、驚かしやしたか。すいやせん、姐さん」
「え、おき、たさん……!?」

 手はすぐに離れ、謝罪の言葉がかけられる。慌てて振り向いた妙の目には、それまで考えていた沖田の姿が飛び込んできた。思わず張った声に、沖田は「しぃ」と人差し指を立てる。慌てて口を押さえる妙に、沖田は小さく笑った。

「似合ってやすよ、姐さん」
「え?」
「かんざし」

 ほら、と沖田が鏡を指さす。その指に誘われるように自身を映してみれば、妙の髪には平打簪が挿されていた。平たい円状の飾りに一本の足がついたそれは、全身を朱に染めている。鏡越しに沖田を見やれば、似合いやす、ともう一度言った。その表情がいつもより柔らかく見えて、妙は羞恥を覚える。赤くなった頬を隠そうとすれば、その手は沖田に取られてしまった。

「用もすんだことですし、お送りしやすよ。その後、ちょいとお邪魔させてくれやすか」
「え、あ、ええと、……はい」
「小刀なんか貸してくれるとありがたいんですがね」

 てくてくと出入り口へ歩く沖田は、妙の手を離さない。されるがままになっていたが、妙は小刀という単語に首をかしげた。

「どうするんですか?」
「そのかんざしに、彫りたい漢字があるんです」

 店を出て街中を歩く。繋がれた手よりも沖田の言葉が気にかかり、なんですか、と続きを求めた。

「総を、ねぃ」
「そう、って、どの『そう』ですか?」
「俺の名前である総悟のかしらです。その字を彫って、改めて姐さんに頂いてもらおうと思いやして」

 どうしてですかとさらに問いかけようとして、妙ははたと気づく。
 平打簪は、武家の女性なら自家の家紋を入れると言うが、芸者は好きな人の家紋や名前の頭文字を彫りつけるという話を聞いたことがあった。もしかすると沖田も、そういった意味合いで頭文字を彫ろうとしているのだろうか。
 そこまで考えて、ますます妙の内が火照る。手が熱くなった気がして、体温の変化に気づかれていないだろうかと焦った。

「姐さんが、俺の好みを聞いた時」
「! ……は、い」
「俺は少し期待しやしてね。さっき簪屋で姐さんを見つけて、これはもうどんぴしゃだと浮かれやしたよ」

 姐さん、と沖田が妙の手を引く。先ほどよりも短くなった距離に、妙の鼓動が速くなった。

「俺は浮かれていいんですよねぃ?」

 問われ、妙は言葉に詰まる。沖田が歩みを止めたため、妙も足を止めることになった。周りは騒然としているのに、二人の間だけ時間が止まったようだ。賑やかなはずの街中が、森閑としているような気すらする。

「……浮かれるというなら、私のほうだわ」

 この簪、文字を彫ったら返しませんよ。妙がそう答えれば、沖田ははにかみながら笑った。

簪の豆知識はウ○キさんに頼りました