< 花盗人 >

 今年のお花見に卵焼きを作っていると、僕は他のおかずを作りますと、新八が言ってきた。お弁当は自分に任せて休んでてもいいのにと言えば、その言葉そっくりそのまま返しますよと苦笑された。

「そんなこんなで、今年は卵焼き以外の物もあります。仲よく食べてくださいね」
「卵焼き以外!」
「マジか新八、お前たまにはやるじゃねえか。よし、この卵焼き以外は俺のな」
「ちょっと銀さん、それどういう意味ですか」
「いだだだ! どういう意味もそのままの意味だけどいだだだ、あっうそっ、今の嘘です、お妙サン!!」

 片手で白髪頭を締めつければ、いつものように悲鳴が返ってくる。なんで俺ばっかり神楽はいいのかよという訴えに視線を移してみるが、

「新八。ホントにこれ食べていいの?」
「うん。卵焼きは僕が食べるから、神楽ちゃんは無理しないでいいよ」
「マジでか! じゃあいっぱい食べるアル! 」

 とても微笑ましい図だったので野暮なことはやめておいた。差別かよという、大の男の情けない声は聞こえないふりをする。
 とはいえ、ずっとこのままというのも無粋だ。見上げれば広がるのは桃色の空、時折吹く風に乗って桜の花びらがちらちらと舞っている。この景色を楽しまなくて、何が花見だろうか。

「まあでも、銀さんは花より団子なんでしょうけどね」
「うっせーよ。むしろ花に興味あるのお前くらいなんじゃね?」

 問いかけのつもりではなかった呟きに、もりもりとおにぎりを食べながら返事をする銀時に笑いがこぼれる。わざわざ拾わなくてもいいのに、変なところで律儀な人だと思った。

「お団子にしか興味なくても、もう少し綺麗に食べてください。口元にご飯粒ついてますよ。どんな食べ方したらそんなつき方するんですか。はい、お茶」
「食いもんくらい好きに食わせろっつーの。お前は俺の母親か」

 おにぎりをお茶で流し込む銀時の横で、妙もお茶を口にする。筒に入っている間に、ちょうどよい温度になっていた。

「やめてください。こんな老けた子供、願い下げです」
「俺だってこんな小娘みたいな母親……いや、考えようによっては割と、」
「銀さん? 今、何か不穏な台詞が吐かれそうな気がしたんですけど」
「銀ちゃん、何も言わずに卵焼き食べるがヨロシ」
「げっ、お前ら何人の話きいて、ってちょっと待て神楽、その可哀想な卵焼きを俺に向けるんじゃぐぼォォォ!!」

 ざわざわと花見客は多いが、自分たちも十分賑やかだなと思う。こうした穏やかな一日を迎えられることはとても幸せなことだ。
 と、しみじみしていると、上空に変化が起き始めた。

「あら?」

 先ほどまでちらちらと舞っていたはずの花びらが、急にその勢いを強めている。風は強くない。何かしらの力が加わらない限り、間断なく桜が降ってくることなどないのだが。

「何やってんですか、沖田隊長ォォォ!」

 原因を見つけようと視線を上げかけたところで、その原因を示す名が叫ばれた。

「あん? 真選組がなんでこんなとこに……ってぶふ!」

 思わぬ人物の登場に、卵焼きから復活した銀時が胡乱な目を向けると、それと同じタイミングで桜の塊が落ちてきた。既に舞う、降るという程度を超している。あわれ銀時は桜色の物体に埋もれてしまった。

「あっ、姐さん方! どうもすみません、お騒がせしてます!」
「あら、山崎さん。あなたたちもお花見?」
「まあそんなところです。ここから結構近くの場所でやってたんですが、急に隊長が走り出したと思ったらこんなことに……呑みすぎですかね?」

 頭を掻きながら苦笑いをこぼす山崎に、妙も苦笑をこぼす。沖田の奇行はいつものことだ。往々にして周りが迷惑をこうむっているのは、見慣れた光景でもある。

「こういう時に限って局長は早々に酒でつぶれちゃったし、代わりに収拾つけなきゃならなくなった副長の機嫌は下がる一方ですし……。隊長の回収を口実に追いかけてきたのはいいですが、さっきから胃がキリキリしっぱなしですよ」
「大変ねえ」
「ものすごい他人事の感想ありがとうございます。よければ木に登った人をすんなり下ろす方法を教えていただきたいんですが」

 肩を落としながら嘆く山崎に、しかし妙はどうしたものかと言いあぐねる。手っ取り早いのは木に登って引きずり下ろすことだろうが、沖田相手にそれができる人間が、

「銀ちゃんに何するアルか!!」

 割と身近にいた。

「あっ、ちょっと神楽ちゃん! 危ないよ! 銀さんならぴんぴんしてるから敵討ちとかそんな無駄なことしないで下りておいで!」
「オイコラ新八、何が無駄なことだ、何が。いいぞ神楽、そのままけちょんけちょんにやっちめえ!」
「何を煽ってんですか、アホですかあんたは!」

 ぎゃあぎゃあと、周りの喧騒に負けないくらいの騒ぎが身内から起きる。妙と山崎はしばらくそれを眺めた後、苦笑し合うしかなかった。
 桜の木の中では戦闘が始まっているのか、殴り合うような木々がへし折られるような、あまりよろしくない音が聞こえてくる。降ってくる桜の量も異常で、近くにいた山崎の姿も見えないほどだ。これでは一時間もしないうちに、この木の花がすべてなくなってしまうのではないだろうか。姿は見えないが、「あれこれちょっとまずいんじゃない」という山崎の呟きが近くから聞こえる。

「ちょ、神楽ちゃん、いくらなんでもこれはやりすぎうっぷ花びら入ってきた」
「オイオイなんにも見えやしねえじゃねえか、どんだけ生えてんのこの桜ぐふッ!!」
「アレ? なんかヘンな手ごたえがあったアル」
「おいこら神楽! なんで俺を殴ってんだ! つーかいつの間に下りてきやがったよ!」
「なんで銀ちゃんが近くにいるアルか。下りた覚えなんてないヨ」
「花びらがすごくてどこにいるかわからなくなっちゃったんだよ、多分」

 姿は見えないが、三人の会話も聞こえてきた。花びらは相変わらず降り続け、どうしたものかと妙は悩む。神楽は木から下りているようだが、沖田はまだ木に登ったままなのだろうか。山崎が呼びかけているようだが、応答がない。聞こえていないはずはないだろうにと首をかしげると、不意に手首を掴まれた。誰かを確認できない状態のまま、手が引かれる。
 三人の会話と、沖田を呼ぶ声が次第に遠のいていった。

 手を引かれ連れられた先は、桜の木が佇んだ場所から離れた小道だった。後ろを見やれば桃色の頭が確認でき、あの場からそこまでは離れていないだろうことがわかる。
 駆けていた沖田が速度を緩めちらっと妙を見たかと思うと、すぐに視線を戻して言った。

「何も聞かねえんですか」
「何を聞いたらいいのかしら」
「……」

 沖田の足が止まり、妙も足を止める。沖田の機嫌はあまりよくないようだ。何が原因かはわからないが、そこまで問う気にはならない。

「みんな、今頃驚いているかしら」
「……戻りたいんですかぃ」

 ちくりと、とげを含んだ声に、妙は目をまたたかせた。拗ねたような物言いと、こちらを見まいとする態度に、まさかと思いながら口にする。

「妬いてるんですか?」

 返答はなかったが、掴んでいる手はぴくりと反応した。図星だったことに驚くが、何に対して嫉妬したのかはわからない。けれどやはり、それについても問う気は起きなかった。

「花に紛れて攫うなんて、とんだ盗人さんね。真選組の名が泣きますよ」
「今日はオフでさ。なんの肩書もありゃしません」
「盗人は十分な肩書だと思いますけど。……それじゃあ、泥棒さん。これからどこに連れて行ってくれるんですか?」

 そう問いかけると、目を見開かせて沖田が妙を向く。ようやくこちらを見てくれたことに喜びを覚えながら、妙は微笑んだ。

「できれば、手首じゃなくて手を繋いでくれたほうが嬉しいんですが、その要求は聞いてもらえるのかしら」

 一回、二回、まばたきを繰り返した後で、ようやく沖田の口元が緩む。

「そういう要求なら、お安い御用でさ」

 今度はしっかりと、手のひらが握られた。

なんとなく出来てそうな二人
妙を見つけたはいいけど銀時と仲睦まじく見えてちょっと嫉妬しちゃった沖田