< 彼と彼女の間の彼女 >

 砲弾の音とそれを弾く音が耳を震わせた。またやっているのかと、妙は小さく息を吐く。

「おやめなさいな、二人とも」

 障子を開けて一声かけると、騒音がぴたりとやんだ。庭に広がる白煙の中、やがて二つの人影が現れる。黒い隊服と緋色のチャイナ服は、見慣れたものだった。

「神楽ちゃんも沖田さんも、あれほど庭先で暴れるなって言っているでしょう。どうしてそう毎日毎日、激闘を交わしてくれるのよ」
「だって姉御、コイツいけ好かないネ!」
「そりゃこっちの台詞でさぁ。目障りなんでぃチャイナ、とっとと失せな」
「その言葉、そっくりそのまま返すヨ!」

 神楽と沖田が再び臨戦態勢を取る。妙はもう一度ため息をついて、二人の名前を呼んだ。

「神楽ちゃん、沖田さん。私の声が聞こえなかった?」

 にっこりと微笑んでみせると、二つの殺気が霧散した。いい子ね、と妙は笑顔のまま二人を室内へと招く。互いを見やり、しぶしぶながらも神楽と沖田は妙の招きに応じた。
 向かい合うように座っていながら、二人はそっぽを向いている。それでも神楽の手にはまんじゅうが、沖田の手には湯呑みがしっかり握られていた。なんだかんだと言いながらも、ここで一緒に過ごしてはくれそうだ。妙はそろりと口元を緩ませた。

「ねえ、二人とも。さっきの話だけれど」
「何アルか、姉御」
「なんですかぃ、姐さん」

 問いかけると同時に返ってくる反応に、息はぴったりなのにと思いながら妙は先を続ける。どうして二人はいつもいつもいがみ合っているのかしら。

「コイツが目障りだからヨ」
「チャイナがいけ好かないんでぃ」

 神楽は沖田の言葉を、沖田は神楽の言葉をもってして、両者が睨み合う。傍から見れば仲がいい以外の何物にも見えないのだが、本人達にしてみればそうでもないのだろうか。この問題は、第三者が下手に介入すべきものでないのかも知れない。そう考えるも、妙はどうしても放っておけない。

「でも、神楽ちゃんは女の子なのよ。顔や体に傷でも残ったら、嫌だわ」
「大丈夫ヨ、姉御。夜兎の体は丈夫ネ。どんな怪我でもすぐに治るヨ」
「神楽ちゃん」
「な、……なに、姉御?」

 けろりと笑う神楽に、妙は厳しい表情を向ける。途端に不安げな顔を見せる神楽に、妙は柳眉を下げた。少女の頬へ手を伸ばし、口元についているあんこを拭う。ついているわと告げると、神楽は恥ずかしそうに目を伏せた。

「傷跡が残らないとしても、怪我をしたら痛いでしょう? あなたたちいつも本気で喧嘩するから、見てるほうは気が気じゃないのよ」
「姉御……」
「神楽ちゃんが痛い思いをするのは、見ていられないわ」
「……ゴメン、なさい」

 ぽつぽつと謝る神楽に、妙がくすりと笑う。そういう素直なところ好きよ、と告げると、神楽の表情がぱっと明るくなった。反対に、その光景を見ていた沖田の表情は不機嫌なものへと変わっていく。神楽を見ている妙は、それに気づかなかった。

「姉御。私も姉御のこと好きヨ。マミーの次に好きネ」
「あら、嬉しい。でも神楽ちゃん、お父様はいいのかしら」
「パピーよりも姉御ネ! あんなハゲ親父、何番でもいいヨ」
「ひどいわ、神楽ちゃんたら」

 そう言いながら、妙は楽しそうに笑っている。神楽もまた会話に没頭していたためか、そこにいる男の存在を忘れていた。

「所詮チャイナは乳離れできてねえってねぃ。俺は一番に姐さんが好きですぜ」

 妙の耳元に顔を近づけ、沖田はそうささやいた。妙がそれに反応するよりも早く、神楽が傍らの傘を突き出す。しかし沖田はするりとかわし、ついでに妙が着けていた結い紐を抜き取った。
 結い上げていた髪が肩へ落ちる。妙は呆然と、神楽は驚愕の表情でその様子を目に映した。

「な……っ、何してるネ!」
「姐さんがチャイナにばっかり構うからですぜぃ」

 怒りをあらわにする神楽には目も向けず、沖田は妙を見やって告げる。妙は送られた言葉の意味を理解しようとするが、それを待ち切れない神楽が動いた。沖田は妙の様子を窺いながら、その足を庭へ向ける。一度は止められたはずの戦いが第二幕を開けた瞬間だった。

「神楽ちゃんにばっかり構うからって、……沖田さんも構ってほしいってこと? それとも神楽ちゃんが私にばかり笑顔を向けてくれるのが気に入らないとか? あらやだ、沖田さんてばやきもち焼いてるのかしら」
「やきもちって、誰に?」
「誰って、それは神楽ちゃんか私にでしょう」
「そこで自分も入れてるってとこがまだまだなんだよな、オメーはよ」
「なんですかそれ……って、いつからいたんですか、銀さん」

 いつの間に現れたのか、妙のそばに銀時がいた。ぼーっとした顔で、神楽と沖田の第二戦を傍観している。それからちらっと視線を妙に向け、マジでわかんないの? と問いかけた。

「何がですか」
「あいつらがあーやって、ここで争ってる理由」
「知ってたらこんなに苦労してません」
「ま、そりゃそうか」

 鈍いってのも罪だねえ、と、銀時はがしがしと頭を掻く。その空間で、完全に理解できていない妙だけが首をかしげていた。
 少女と少年が争う理由。恒道館に住む、かの人を独り占めしたいがために喧嘩しているなど、当の本人が気づくのはいつのことやら。

沖vs神の理由がこんなんでも面白かろーと思って(面白いのは私だけですかそうですか)
銀さんは傍観者に徹してます。眺めるだけなので理由も教えてあげてません。自分で気づいてくださいってな感じ