- 壱 -

「あら銀さん、すまいるに来るなんて珍しいですね。ドンペリですか、ありがとうございます」
「いや俺、まだ何も言ってないんだけど!?」
「すみませーん、ドンペリ八十九本お願いしまーす」
「何その中途半端な本数ってゆーかやめて! マジで止まって! お願いしないで!!」

 一騒動を終え席に着いた銀時は、既に疲れ果てていた。そんな銀時に水を差し出しながら(ドンペリ注文は取り消した)、妙は笑いかける。

「ごめんなさい、銀さん。だって本当に珍しいんだもの。今日はいったいどうしたんですか?」

 銀時はちらりと、妙に視線を寄越した。その後で、受け取った水を飲み干す。どういったわけでもねえけど、と、どこか言いにくそうに銀時は切り出した。

「あんま無茶しねえように、釘をさしに来たってとこだ」
「……え?」
「確かに、自分でも珍しいとは思ったぜ。ここに来りゃ、オメーにぼったくられるのは目に見えてたのにな」
「銀さん、何を」

 銀時の手の甲が、妙の額に当てられる。ぎくりと妙の肩が張り、続けるはずの言葉が音にならなかった。銀時は苦笑しながら、いっそのこと連れて帰ってやろうか、と持ちかける。
『無理はいけません、お妙さん』
 不意に、銀時の言葉と男の声が重なった。
『今すぐにでも、体を休ませるべきです。叶うならこの近藤勲、お妙さんを恒道館まで送り届けて……』
 どくりと鼓動が鳴って、妙は咄嗟に耳を塞ぐ。その行動に銀時は目を見開いた。

「お妙?」
「! ご、ごめんなさい、急に……」
「いや、俺は別に気にしちゃいねえけど。本当に大丈夫か?」
「心配してくれてありがとうございます、銀さん。でも私、平気ですから」

 いつものように笑顔を見せる。銀時は納得のいかない顔をしていたが、やがて「わかった」と頷いた。妙が折れそうにないことを見て取ったのだろう、悪いことをしたと胸が痛む。けれど、引いてくれたことに妙は安堵した。

(気づかれないと思っていたのに。誰にも)

 今朝から頭痛がしていた。寒気も感じていたのだから、体調を崩したのだろう。しかし、寝込むほどでもない。新八にも気づかれることはなかったし(大抵は隠しても気づかれていたが)、問題はないと仕事は休まなかった。
 夜の帳が降りる頃、馴染みのありすぎる客が来た。ストーカーまがいのその男は、いつものように妙を指名する。調子が悪いこともあって、少しだけうんざりもしていた。しかし仕事だ、無視するわけにもいかない。
 だからいつもと同じように、言葉を受け流しつつお帰りいただくようにした。いつも通り、鉄拳というサービスも付けて。

(ああ、あれがいけなかったのかしら)

 求婚まがいの言葉を、近藤の体ごと殴り返した時だ。近藤は、すぐさま起き上がった。いつもと違う反応に妙は驚く。そして近藤は、言ったのだ。
『無理はいけません、お妙さん』
 近藤が妙の異変に気づいた。
『今すぐにでも、体を休ませるべきです。叶うならこの近藤勲、お妙さんを道場まで送り届けて……』
 最後まで言わせまいと、妙は強引に近藤を追い出す。
 気づいた時には、近藤の姿はなかった。妙の勢いに押されたのか、はたまた妙の気持ちを汲んだのか。近藤がいない今、真相はわからない。

(どうして気づいてしまったの、あなたが。新ちゃんも気づかなかった、私の隠し事に。どうして)

 どうして近藤だけでなく、銀時にも気づかれてしまったのだろう。一瞬であれ体に接触した近藤と違い、銀時とは先ほど会ったのが初めてだ。気づかれる要素など、どこにもなかったはずなのに。

(どうして……)

 隠すのは得意だった。殻を覆うのは特技だったはずだ。見破られるのなら、弟である新八だけだったはずなのだ。

(頭が痛い)

 体調が悪化したのだろうか。ああそうだ、きっとそのせいだ。頬がこんなに熱いのも、きっとそのせいに違いない。
 妙の意識はそこで途絶えた。