- 伍 -

 銀時と近藤のツーショットに、新八は珍獣でも見るような目つきを向けた。

「銀さんに近藤さん。二人が揃ってるなんて珍しいですね」
「お妙、起きてるか?」
「え、あ、はい。さっきまで休んでたので、ずいぶん調子もよくなってますよ」
「それじゃあ、お見舞いをさせてもらうな、新八くん」
「どうぞ」

 廊下を歩いた先にある障子を開けると、新八と同じような表情を作る妙がいた。彼女もまた「珍しいですね」と声をかける。

「ちょっといいか?」
「ええ、構いませんよ」

 妙の承諾を得た銀時は、近藤に目配せをした。近藤は頷き、妙に会釈をしながら部屋を出る。来たばかりなのにすぐに出て行った近藤に、妙は怪訝な顔をした。

「近藤さん、どうかしたんですか?」
「話をするのに順番決めたんだよ。一度に頭へ入れちゃ、お前も混乱するだろうからな」
「混乱?」

 銀時は首をかしげる妙のそばに腰を下ろした。病み上がりとあって、妙の様相はいつもと違う。普段は結ばれている髪は、肩まで下りていた。
 銀時は手を伸ばし、黒い髪をひとすくいする。そのまま指で弄んでいると、妙の顔がわずかに赤らんだ。

「なん、ですか」
「昨日のアレさ、全部嘘なんだよ」
「? ……昨日の、あれ?」

 唐突な話題の切り出しに、妙が困惑した。彼女の迷いに構わず、銀時は頷く。近藤とお妙のやりとりを見て知ったことなんだよ。連ねていく言葉に、妙も昨夜のことへ意識が行ったようだ。

「お前の体調に気づいたのは、本当は近藤だけだ。あのやりとりを覗き見てなかったら、俺は何も気づけなかったかも知れない」
「銀、さん」
「お前のこと、俺は嫌いじゃない。お前から好意を寄せられるのは気分がよかった。でも、俺はこれ以上を踏み込めない。あいつみたく、まっすぐになれない。俺じゃお前には向かないよ」
「……何も言っていないのに、そう決めつけるんですね。勘違いだったら、どうするの?」

 妙の髪から手を離すことなく、銀時は続ける。勘違いだったら笑い者になるだけだと、自嘲気味に口元を歪めた。

「でもお前は、俺のことを好きだろう? 同じように近藤にも、信頼に似た感情を抱いている。それが親愛に、果ては愛情に変わらないなんて誰が言い切れる。お前も薄々感じてんだろ?」

 妙は何も言わない。それが何よりの答えだった。
 銀時はもう一度笑う。今度は自らを嘲るものではなく、相手を慈しむような柔らかい微笑だった。

「お気に入りのおもちゃを取られるのが嫌で、昨日あんな嘘をついちまった。俺にはあいつほどの熱情はないのに、かき乱すような真似してごめんな」
「……謝らないで、ください」
「……もう、俺を見なくていい。心を動かされなくていい。お前に必要なのは俺じゃないから」

 銀時は弄んでいた髪に口づけた。最初で最後の、銀時から妙への思慕だった。

 近藤が部屋に入った時、妙の頬は濡れていた。慌てて近藤は妙へ駆け寄る。大丈夫ですかと、言葉をかけると、妙の嗚咽が聞こえた。

「お妙さん……」
「……銀さんは、ずるいわ」

 こぼれ出た名前を聞きとがめる。銀時はいったい何を告げたのだろうと思ったが、それよりも妙のほうが心配だった。
 近藤はそろりと、妙の背中に手を回す。幼子をあやすように撫でながら、時に緩く叩きながらを何度か繰り返した。
 次第に嗚咽が収まるのを認めた近藤は、背中へ回した手を戻さずに口を開く。

「お妙さんは、万事屋が好きですか?」
「……ええ」
「俺は、お妙さんが好きです」

 近藤の言葉に、妙が小さく笑う。知ってます、と掠れるような声が続いた。

「どれだけ言っても、言い足りないくらいなんです。俺はあなたが好きです。あなたが心から望むことなら、この命すら投げ出しましょう」
「大げさですよ、近藤さん。私のせいであなたが死ぬことなんて、ないでしょう」
「いいえ。あなたのために死ねるなら本望です。そうしたら俺は、一生あなたの記憶に刻まれる。俺を忘れることなんて、できなくなります」

 普段と違う物騒な言葉の羅列に、妙が顔を上げた。呆然とした様子に、近藤は笑顔を向ける。

「でもね、お妙さん。俺は、あなたが本当に望んでいることにしか手は貸したくありません。偽りで誠を隠してしまうあなただからこそ、俺はあなたの真実を助けたい」
「……真実」
「そうです。俺が願うのはあなたの幸せ。聞かせてください、お妙さん。あなたが心から望むことはなんですか?」