< 夢案内人 >

 からりと音を立てて引かれた戸の先に、ソファで眠る神楽がいた。辺りを見回してみるが、他に人の気配はない。

「銀さんは出てるの?」

 神楽のそばにいた定春に尋ねると、ワンと鳴かれた。おそらくは肯定しているのだろう。定春以外に話し相手もおらず、退屈から神楽は寝てしまったのか。

「なんにしても、このままじゃ風邪ひいちゃうね」

 毛布でもかけようと、新八は部屋の奥へ移動しようとした。しかし、小さなうめき声に足を止める。

「神楽ちゃん?」

 声をかけながら近寄ってみるが、神楽の目は閉じたままだ。夢見でも悪いのだろうか、その表情は苦しそうだ。神楽ちゃん、とまた呼びかけてみるが、神楽はうめくだけで起きようとしない。無理にでも起こすべきか新八はためらい、しばし悩んだ後で手を伸ばした。
 まだ成熟しない肩は薄い。いつも目にしている怪力がこの体のどこに潜んでいるのだろう。そんなことを考えながら、新八は神楽を揺り起こそうとした。

「神楽ちゃん、起きて」
「……うんン、」
「神楽ちゃん。ここで寝てると、風邪ひいちゃうよ」

 起こす理由はなんでもよかった。とにかく、うなされているなら覚まさせるまで。二度、三度、そのまま声をかけ続ける。神楽がうっすらと目を開けたのは、呼んだ名前の数が十数回ほどに達した時だった。やっと現れた青海色に安堵するも、その目は新八を見ていない。ぼんやりと遠くを見るさまは、神楽がまだ覚醒していないことを新八に知らせた。
 新八はため息をつき、もう一声かけようとする。しかしそれは、神楽によって遮られた。

「か、神楽ちゃんっ!?」

 するりと巻きつかれるように、神楽の腕が新八の首を捕らえる。驚いて離そうとしたが、しっかりと抱きつかれて離せない。慌てふためく新八に、神楽の声がぽすんとぶつかった。

「まだ眠いアル……」
「へ?」
「起きるのイヤアル。このまま布団まで連れてってヨ、パピー……」
「……ぱ、ぱぴい?」

 寝ぼけている。
 紛うことなく神楽は寝ぼけている。
 完全に覚醒していないことはわかっていた。しかしまさか神楽の父親に間違えられるなど思っていなかった新八は、がくりと肩を落とさざるを得ない。

(神楽ちゃん、僕まだ十六なんだけど……)

 そして何より自分の髪はふさふさだ。どこをどう間違ったら、あの坊主さんと勘違いできるのだろう。髪の毛を確かめながら、新八は涙を呑んだ。呑んだ後で、まあいいかと思い直す。もしかしたら家族の夢を見ていたのかも知れないのだ。そう考えれば、うなされていたのにも、間違えられたのにも合点がいった。
 新八は神楽の背中と膝裏に腕を伸ばす。軽い体重と、神楽が首に手を回しているからか、労せず抱き上げられた。

「さてと。定春、悪いけど戸を開けてくれる?」

 問いかけると、ワン、と快い返事が返ってきた。定春が鼻先で器用に戸を開けると同時に、玄関の戸もがらりと開く。

「うぉーい、今かえっ……」
「あ、銀さん」
「すまん」

 お帰りなさいと言う前に、玄関の戸が閉められた。

「え、ちょ、銀さん? 帰ったなら入ってきてくださいよ。何いきなり謝って閉めるんですか」

 眠る神楽を起こさないよう声量を抑えて、玄関の外に戻ってしまった銀時に呼びかける。戸を隔てた先で、銀時はまくし立てていた。

「いやごめん邪魔するつもりはなかったんだ、いやホントに。うん、いいんじゃない? 真っ昼間っからってのはアレだとは思うけど、まあ思春期まっ盛りだしそれもまた仕方ないと思うよ俺は。相手が神楽ならお妙も許すと思うし、その辺は心配しなくてもいいから。うん、いいから」
「はあ? ちょっと銀さん何を言って」
「しっかり抱き合ってるから神楽の了承はちゃんと取ってんだろーと思うし、うん、いんじゃね? 俺は応援するよ」
「ななな、何を勘違いしてんですか真っ昼間から、このどエロ侍!!」

 定春に銀時を噛みつかせ誤解を解いた後で、新八は神楽の寝室と化した押し入れへ向かった。まったくあの人は、とぶつぶつ言いながらも、神楽を起こさないよう慎重に歩く。新八の怒鳴り声でも起きなかったので、それほど気を遣わなくてもいいのかも知れないが。
 両手は塞がっているので、新八は足でふすまを開けた。行儀は悪いが、この際仕方ない。
 そっと下ろし、首に回されていた神楽の腕もゆっくり外す。意外と力強く回されていたので、外すのに少しだけ時間がかかった。

「おやすみ、神楽ちゃん」

 布団をかけた後で、小さく声を落とす。
 神楽の表情は穏やかだった。今はうなされている様子もない。静かな眠りが訪れたままであればいいのだが。

「……」

 新八は辺りを見回した。定春に噛まれたままの銀時は、ソファに座っているだろう。誰も近くにいないことを確認して、神楽へ視線を戻した。
『新ちゃんがいい夢を見れますように』
 遠い昔の記憶を辿る。かつて姉がしてくれた「おまじない」。それに果たして効き目があったかなど、記憶は薄れてしまってわからないが。
 けれど神楽の苦しい顔は見たくない。せめて夢を見る間は、安らかにあってほしいと思う。

「神楽ちゃんがいい夢を見れますように」

 呟いて、神楽の額へそっと口づけた。

でこチューもいいよね