< 眼鏡がなくても明日は見える >
顔を見るなり殴られた。
「ちょ……っ、いきなり何すんの神楽ちゃん!」
「うるさいアル、ダメガネ。だからいつまで経ってもお前はダメなんだヨ」
「何その一方的なだめ出し! なんで? 僕何かした?」
「強いて言うなら新八の存在自体がダメダメアル」
「全否定!?」
殴られた拍子で飛んでいった眼鏡のせいで視界はぼやけているが、人物の位置は把握できる。ぼんやりとした景色の中、神楽に向かって新八は叫んだ。対する神楽は静かな声で爆弾発言(でもこれ多分日常)をかましている。
「んだよ、朝っぱらうっせえな」
穏やかでない会話のキャッチボールを続けていると、奧から銀時がやってきた。騒音で起きざるを得なかったのだろう、その顔は不機嫌そのものである。
「やっと起きたんですか、銀さん。もう昼ですよ」
「そうネ。朝はとっくに銀ちゃんを追い越していったアル」
「何その擬人化。お前は詩人か。いやそんな大層なモンでもないか」
「大層なもんヨ。女はいつだって詩人ネ」
「わけわかんねえこと言ってんじゃねえよ。それに俺は追い越されたんじゃねえ。朝なんてぶっちぎって二周半遅れにしたんだ」
「わけがわからないのは銀さんですよ。ぶっちぎらなくていいから、朝くらいちゃんと起きてください」
依頼が来てたらどうすんですかと文句を垂れると、そのためのお前らだろうがとあしらわれた。銀時はそのまま冷蔵庫へと直行する。いちご牛乳でも飲むつもりなのだろう。相変わらずだなと思いながら、新八は飛んでいった眼鏡を拾いに行った。
眼鏡は派手に飛んでいったが、確かめたところ傷はない。頑丈に作られていて何よりだ。一安心していると、いつの間に来たのか、すぐそばに銀時がいる。
「銀さん? どうしたんですか?」
「いちご牛乳がない」
「あれ、もうなくなってたんですか。一昨日買ったばかりなのに、もうちょっと飲むペース考えてくださいよ」
「うるせえな。この年になると飲まなきゃやってられねえこともあんだよ。いいから、いちご牛乳買ってこい」
呆れたようにため息をつくが、財布を寄越されたので新八は万事屋を出ようとした。その後ろに神楽がついてくる。
「私も行くアル」
「あれ? 定春は連れてこないの?」
いつもならそのそばに狛犬がいるはずだ。しかし今日に限って、銀時の近くで寝そべっていた。今日はお留守番ネ、と神楽が言う。珍しいこともあるもんだなと考えていると、無駄遣いすんなよと銀時が声を投げてきた。
「新八はダメガネアル」
「ぐっ、またいきなり……。さっきといい、今日はどうしたの神楽ちゃん」
思えば神楽は朝から不機嫌だった。機嫌が悪いというよりは、新八に対して何か思うところがあるというような雰囲気を感じる。何かした覚えはないが、もしかしたら何かしていたのだろうか。新八が問いかけると、神楽は難しい顔をした。
「……神楽ちゃん?」
「新八も、眼鏡がないと何も見えないアルか?」
「え?」
「銀ちゃんを狙ってるあのでかチチみたいに、眼鏡がなかったら誰の判別もつかない?」
「で、でかチチって、さっちゃんさんのこと?」
神楽が頷いた。どんなネーミングだと思ったが、それだけ彼女のスタイルが羨ましいのだろう。多分。
苦笑していると、神楽が真剣な目を向けた。新八、と神楽にしては弱々しく自分の名前が呟かれる。突然の変化に戸惑い、新八はそろりと目をそらした。こんな不安そうな神楽は見たことがない。
(正直な話)
急にどうしたのだろうと思った。
何が不安なのだろうと気になった。
けれどそれが自分に向けられていることは、嬉しい。
神楽の視線を感じていた新八は、歩みを止めないまま答えた。
「間違えないよ」
「エ?」
「眼鏡がなくったって、神楽ちゃんを見間違えるはずないよ。目が悪いって言っても、壊滅的じゃないんだし」
そらしていた目を、神楽へ戻す。じっと、こちらを見つめる青海色が綺麗だと思った。
「それが大事な人ならなおさら、わからないなんてことないよ」
笑いかける。すると神楽は慌てて顔をそらし、駆け出した。走ると危ないよと声をかけると、新八じゃないからドジは踏まないアル、と叫び返される。
それでも、神楽の耳がほんのり赤くなっているのは、眼鏡越しにもはっきりとわかった。
さっちゃんを見てたらちょっと不安になった神楽とか