< 可愛いあの子の、可愛い…… >
銀さんがふらりと出かけていき、留守番を頼まれた僕はソファに座って雑誌を読んでいた。とあるページに、お通ちゃんの記事を見つける。一面とはいかない記事だけれど、お通ちゃんは相変わらず可愛かった。自然と口元も緩み、それは聞き慣れた高い声に指摘されてしまう。
「何ニヤニヤしてるカ。気色悪いアル」
「あ、お、おはよう、神楽ちゃん。ニヤニヤって……僕、そんな表情してた?」
万事屋へ来た時に声をかけたものの、その時には起きなかった神楽ちゃんがのそのそとやってきた。目をこすりまだ眠そうにしながら、気色悪い表情だったアル、と言葉を返す。
「何見てたアルか」
「お通ちゃんの記事があったんだ」
そう言った途端、神楽ちゃんが不機嫌になる。顔をしかめて、僕を睨みつけてきた。
突然の凄みにうろたえる。神楽ちゃん、と恐る恐る呼びかけてみるが、彼女からの返事はなかった。ただ無言で、僕の前に立つ。
「ど、どうしたの……?」
「寒いアル」
「へ?」
僕を見おろしながら言ったのは、その一言だ。僕は反応に困った。
神楽ちゃんは寒いと言ったまま、僕から目をそらさない。何かを求めるような視線で、じっと見つめてくる。
この行動からすべてを察しろというのだろうか。不機嫌になった理由も、神楽ちゃんが望んでいることも? どうやって。
とりあえず何か答えなければと、僕は口を開く。
「えっと……。た、確かに、ここのところ暖かかったのに、今日はずいぶん寒いよね。神楽ちゃんも袖なしの服を着てるから寒く感じるはずだよ。何か上に羽織ったらどうかな」
提案を、彼女はばっさりと切り捨てた。僕の言葉を聞き入れる様子もなく、
「寒いアル」
同じ言葉を繰り返す。
「神楽ちゃん。僕の話、聞いてた?」
「寒いアル」
返ってくるのはその一言だけ。じっと目を当てて、ただその言葉を。
「……えーと」
頬を指で掻きながら、僕は困り果てた。どうしたらいいのだろう。何をすれば次の展開に行けるのか。
悩み悩んで、神楽ちゃんの視線がわずかに雑誌へ向いていることに気づく。僕が見ていた、そして口を緩ませたお通ちゃんの記事を、射抜くような視線で。
(まさか)
ふと、一つの考えが立ち上がった。少し信じられない気もするが、それが正しければ神楽ちゃんが不機嫌になったことにも納得がいく。
しかしこれが違っていれば、怒った神楽ちゃんから鉄拳制裁がやってくるだろう。それは間違いなく痛い。痛いなんてもんじゃないかも知れない。
(でも、それが神楽ちゃんのものならなんだっていいかも)
そんなことを考えているなんて知ったら、神楽ちゃんはどういう反応をするのだろう。そう思ってみるが、いささか恥ずかしいので正直には言えない。その前に、今はそんなことを考えている場合ではないのだ。
「えっと」
先ほどと同じ感嘆詞を呟いた後、僕は開いていた雑誌を閉じて傍らに置いた。
それから今度は両手を広げて、
「はい」
と、一言。
「反応が遅いアル。次はもっと迅速にするがいいネ」
神楽ちゃんは不機嫌な表情を崩すことなく、文句も付け加えた上で僕の胸に飛び込んできた。
それを認めて、両腕を背中に回す。息苦しくないように、それでもできるだけ力をこめてぎゅっと抱きしめると、小さな笑いが僕の耳に届いた。
機嫌は直ったのだろうか。頭に浮かぶ疑問とは違う言葉を、神楽ちゃんに問いかけてみる。
「暖かいかな、神楽ちゃん?」
「さっきよりはましネ。でも、まだまだヨ。私がイイって言うまでこうしてるがヨロシ」
浮き立ったような声音で、それでもあまり素直ではない返事だ。しかし、これが神楽ちゃんなのだから、不満はそんなに出てこない。僕は笑って言葉を返す。
「君のお望みのままに、神楽ちゃん」
あ、しまった。
こういう場合は格好をつけて、お姫様、と呼んだほうがよかったかも知れない。
ちょっぴりジェラシー神楽ちゃん