< しゃっくりを止めてみよう >
「ひっく」という、声にならない声に新八は目を向ける。その先に、口元へと手を当てた神楽の姿があった。どうしたの、と問うまでもなく、それがしゃっくりであることを理解する。代わりに新八は、
「大丈夫?」
と、声をかけた。
「大丈夫なわけひっく、アルひっくカ。この、ひっくダメガネ」
息を引きつらせつつも、神楽は毒を吐くのを忘れない。多少の八つ当たりも混ざった暴言を、新八へぶおんと投げてくる。
「だから、っく、お前はまともなひっく式神にすらなれねーんだよひいっく」
「いや式神とか関係ないよね? というかそれはいろいろな心の傷が蘇るからあんまり蒸し返してほしくないんだけど」
「うるせーヨ。ダメガネに説教される筋合いなんて私にはひっくないネ。そもそも新八が説教なんておこがましいひっくアル。マダオのかーちゃんかおめーはひっく」
「説教のつもりなんてないよっていうかどこをどう聞いたら説教になるんだよ、そっちのほうがびっくりだよ! あと僕、長谷川さんのオカンでも銀さんのオカンでもないからね!?」
しゃっくりを挿みつつの神楽の言葉にも、新八はいちいち突っ込みを入れていた。それがもう使命というように、というか使命なのだろう。「志村新八」と書いて「突っ込み役」と読ませる勢いの突っ込み魂が、新八には刻まれている。
「刻まれてるかァァァ!」
「ナレーターにまで突っ込んでる辺りひっく、立派な突っ込み役じゃねーか。よかったな、ダメガネ。眼鏡以外にも存在場所がひっくあってひっくひっく」
「いや……うん、もういいよ。どうせ僕ってそんな役回りだし……好きで突っ込みやってるところもあるし……ていうか多分、僕が突っ込まないとこの世界はまともに回らないと思うし」
両肩を落とし、新八は諦観の境地を切り開いた。その間も神楽のしゃっくりは止まらない。ひっくひっくと立て続けに音は聞こえる。そんな中、しゃっくりを伴って神楽が呼びかけた。
「おいコラ新八ひっく」
「……え、どうしたの。神楽ちゃん」
どんよりしていても神楽の呼びかけには反応する。くるりと暗い顔を向ける新八に、ひっくとのどを震わせながら神楽は言った。
「落ち込んでるヒマがひっくあったら、このしゃっくり止めるがひっくヨロシ。いい加減ひっく腹立たしくなってきたひっくネ」
「と、止めるって急に言われても……」
突然の要求に新八は戸惑った。しかし、文句垂れる前になんとかしろやそれでも眼鏡か、と視線で物を言う神楽を前に、新八は反論を断念した。諦観の境地を切り開いたばかりの成果か、諦めるのがいつもより早い。
ただ、諦めるというよりは神楽への助けを、という思いのほうが強かった。新八も何度かしゃっくりは体験しているが、なかなか止められない不快さというものは神楽が言うように腹立たしいのだ。助けになれるのなら、進んでしよう。
さて、そこまで考えたはいいが、実際問題どうやって止めるべきか。
最初に思いつくのは、相手を驚かせることだ。よくあるのは大声を出すということだが。
「大声ひっく出すのはなしアルヨひっく。定春が気持ちよく寝てるのにひっく起こすのは忍びないネ」
「……うん、わかった」
第一の方法は、早々に制された。次の手を考えねばならない。
新八はうんうん悩んだ。驚かすのがだめなら、冷たい水を飲むのはどうだろう。息を止めて飲み切れば、しゃっくりも止まると聞く。しかし待て相手は神楽ちゃんだ。大食らいの彼女がコップ一杯の水で大人しくするだろうか、いやするまい(反語)。樽いっぱいの冷たい水を用意するのは難儀だと、第二の方法も新八は闇に葬った。
「まだカ新八、ひっく早くするがヨロヒッ、く」
「えーとうーんと、ちょっと待ってよ……」
ああでもないこうでもない、悩みすぎてハゲてしまいそうだ。若くして薄い頭になってたまるかと、新八は必死に考えを巡らす。
驚かせること、驚かせること。
「あ」
自分が知っていて、相手はきっと知らない驚くようなことでもいいのだろうか。ふとそんなことを思いつき、
「そういえば神楽ちゃん」
「ひっく、何アルか」
新八は思ったままを口にする。
「僕、きみが大好きだよ」
女の子としていつも見てるんだ、にっこり笑って新八は告げた。
「…………エ?」
数秒の沈黙を経て、神楽がぽつりと聞き返す。その間も、呟いた後も、引きつる音は聞こえない。ああよかったね神楽ちゃんと、新八は笑みを深めた。
「しゃっくり止まったみたいだよ」
このあと新八は真っ赤な顔をした神楽ちゃんに殴られましたとさ