< 四月馬鹿ではなかったようです。よかった >

 あの日って実は四月一日だったんじゃないかなと思う日が多々ある。多々っていうか、最近は毎日そんなことばっかり考えてる気がする。気がするっていうか、確実に考えてる。なんかもう、それしか考えてないんじゃないかな。
 なぜって? なぜってあんた、そりゃあ……。

「あ、神楽ちゃん。ほっぺにご飯がついて」
「気安く触るんじゃねーヨ!!」
「いだだだだ!!」

 頬についたご飯粒を取ろうとした手首をひねられたりさ。

「神楽ちゃん、そっちは車が通るほうだからこっちに」
「そんなこと言われなくてもわかってるアル!!」
「ぐっはァ! 神楽ちゃ、回し蹴りはやめ……って、回し蹴られたはずみで場所が入れ替わった僕のほうへ今まさに走ってきた車が突っ込んでくるゥゥゥ!?」
「そんな説明的な台詞言ってる間に逃げるがヨロシ、死ぬ気かこのダメガネ!!」
「ぎゃっふん!」

 二回目になる神楽ちゃんの蹴りつけで、車との衝突は避けられた。ああ避けることができたとも。
 でも、でもさ。
 場所を変わろうと声をかけるのと同時に回し蹴りってどうなの。回し蹴りで場所を入れ替えるなんて、神楽ちゃんどんだけバイオレンスなの……。
 いやまあ、さ。これもある意味、神楽ちゃんらしいっちゃあらしいんだけどさ。もうちょっと穏やかな挙動でもいいと思うんだ。
 だって、僕ら。

「ねえ、神楽ちゃん」
「な、何アルか」

 ちょっくら用があると言って(おそらくパチンコでもしに行ったのだろう。新台が入ったというちらしを折り畳んで懐に入れたのを僕は見た)万事屋を後にした銀さんを見送って、定春はいるものの人間は僕と神楽ちゃんの二人きりという状況の中。
 僕は切り出した。

「僕たちってさ」
「お、オウ」
「……恋人同士、だよね」
「…………う」

 僕の質問に、神楽ちゃんはのどを詰まらせる。もしかしてやっぱりあの時の告げ合いは夢まぼろしだったのだろうか。過ぎた妄想が僕に白昼夢を見せたのだろうか。それともあれは四月一日の出来事で、神楽ちゃんは本気ではなかったのだろうか。僕の告白は嘘だと思われたのか、僕の告白を受け入れたのは嘘だったというのか。
 なんてこったい。
 じゃあ今までのはすべて僕の一人相撲? 恋人でもないのに恋人らしいことなんてふざけんじゃねえ的な意味で、神楽ちゃんに触れようとしてた僕は拒否られてたってこと? マジでか。

(ああああ僕の馬鹿、なんであの時ちゃんと日付を確認してなかったんだ、四月一日に告白なんてそんなアホしかやらないようなことなんでやっちゃったんだ僕! 一世一代の大告白を四月馬鹿の日にやるなんて、告白を受け入れてくれたことに浮かれ切って神楽ちゃんの真意をはかれなかったなんて、なんて失態……!!)

 項垂れる僕。っていうかもう、項垂れる以外に何もできない。こんなにも神楽ちゃんが好きで、その思いを伝えて神楽ちゃんも同じだと思ってただけに、この絶望は言いようがない。ほんの少しでも触れようとしては殴られ蹴られの拒否反応に、もしやとは思っていたけれど……ふふ、そうだよただ単に認めたくなかっただけなんだ……。
 ああ僕これからどうしたらいいんだろう。神楽ちゃんに嫌われたなんて、生きる希望を失うのと同義だよ。
 そうだ死のう。

「死んで来世はもうちょっとカッコイイ男に生まれ変わろう。神楽ちゃんより強くなって神楽ちゃんをカッコよく守れる男に生まれ変わったらきっと神楽ちゃんだって……」
「……何寝言言ってるカ。今を生き抜く覚悟もないヤツが、来世でそんな超人になれるわけないアル」
「はっ、ぼ、僕、今声に出してた!?」

 冷たい突っ込みで我に返った僕は、ぼやけていた視界をクリアなものに変えて神楽ちゃんに問いかけた。思っクソ出してたアル、という答えに恥ずかしいやら情けないやら、居た堪れなくなってくる。
 今すぐこの場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られた僕に、神楽ちゃんは続けた。

「……誤解、すんなヨ」
「え?」
「新八が告白……、したのは、四月一日なんかじゃなかったアル。嘘をつく日じゃなくて、ちゃんとした日で……」

 ぽつぽつと告げられる言葉を聞き逃さないように、神楽ちゃんの声を耳に入れていく。とりあえず告白したことは冗談だと思われていないようだ。ということは、神楽ちゃんが告白を受け入れてくれたのも、嘘じゃない?
 神楽ちゃんが先を続けるのをじっと待つ。見つめる形になったせいか、神楽ちゃんの顔が次第に赤くなっていった。

「わ、私も、新八が好きヨ」
「かぐ、」
「ちゃんと、恋人同士、アル!」

 真っ赤な顔でそう叫んでくれた神楽ちゃんに、僕は咄嗟の反応ができなかった。ただ目を見開くばかりで、でも、じわじわと喜びが体の内を巡っていく。
 口元がしまらない、どうしてもにやけてしまう。
 僕一人の思い込みじゃなかったことが嬉しい、神楽ちゃんが好きと言ってくれたことが嬉しい、恋人同士だとはっきり言葉にしてくれたことが、ただただ嬉しくて。
 僕はじっとしていられなかった。

「神楽ちゃん……っ!!」
「でもソレとコレとは別物だったアルーーーーー!!」

 勢いよく迫った僕はしたたかな一発を顎へとくらい、神楽ちゃんを抱きしめようと伸ばした腕は彼女の体を包むことなく空を掻いた。

 さすがに渾身の一撃は僕を失神させたようだ。気づいた時には万事屋の一室で、布団の上に寝かされていた。
 銀さんはまだ帰っていないらしい。傍らには神楽ちゃん一人座っているだけで、他に人の気配がない(定春も寝ているのか気配が微弱だ)。
 申し訳なさそうな表情でうつむく彼女に、神楽ちゃん、と呼びかける。それと同時に、神楽ちゃんの顔が弾けるように上げられた。

「新八、大丈夫アルか?」
「うん。これくらい、平気だから気にしないで。それより神楽ちゃん、一つ聞いてもいい?」
「う、ウン……」

 ここ最近、触れようとすると僕は殴られていた。それはもしかしたら、恋人同士だと思ってるのは僕だけだったんじゃないかと考えていたけれど。でもそれは違うと、彼女ははっきり言った。ではどうして、そうなるのか。
 僕には一つ、確信があった。先ほど強烈な一撃をくらう前に神楽ちゃんが放った言葉が、それを確かなものにしている。

「神楽ちゃんのそれって、照れ隠し?」

 恋人同士。好き。
 それを口にするだけで真っ赤になる神楽ちゃんだ。僕も割と赤くなるほうだけど、それよりも彼女に触れたいという気持ちのほうが大きい。だからけっこう気軽に口にできるし、ためらいなく彼女に触れようと体が動く。
 けれど、神楽ちゃんはそうではないのだろう。同じ気持ちではいるけれど、触れ合うことには恥ずかしさが先に立ってしまう。だから、つい、違う意味で手が出てしまうのだ。
 果たして彼女は小さく頷く。それを見て僕は、顔を綻ばせた。

「よかった」
「エ? なん、で?」
「嫌われてないことがわかっただけで、十分だよ。さっきも神楽ちゃんの気持ち、ちゃんと聞けたし」

 それに、と手を伸ばす。びくっと、神楽ちゃんの肩が震えたが、今度は彼女も手を出すまいとしているらしく、僕の手が拒まれることはなかった。
 つい殴ってしまいそうになる衝動に耐えているせいか、神楽ちゃんの体が小刻みに震えている。その震えるさまに愛しさを感じながら、どれほどぶりかの、彼女との接触が果たされた。

「恥ずかしがる神楽ちゃんって、小動物みたいで可愛いよ」
「か……ッ」
「そういう神楽ちゃんも新鮮でいいなあ。うん、やっぱり僕、すっごい好きだな。神楽ちゃんのこと」
「……!!」

 急速に染め上げられる彼女の顔を見ながら、耐え切れなかった神楽ちゃんにまた殴られてしまうんだろうなと思いつつ。
 でもそれがただの照れ隠しだとわかった以上、この先は少しも不安になることはないだろう。触れられなくて不満にはなるかも知れないけれど、それはこれから少しずつ慣れてもらっていけばいいだけの話なのだし。

「大好きだよ、神楽ちゃん」

 とどめのように一言告げると予想通り、可愛らしい拳が返ってきた。
 ……その衝撃は、可愛らしくないんだけどね。

思ってた以上にバイオレンスになりました
でも、それも愛ゆえならいいやと思っちゃう神楽馬鹿ぱっつぁん