< 時と場合はわきまえてくんないかな >

 たとえば卵かけご飯を食べようとした時に、醤油さしが差し出されているとか。
 たとえば買い物に行った時、何かを言う前に酢昆布を買ってくれることとか。
 たとえば傘を差しても日照りが強い時、太陽の方向へ移動して影を作ってくれるとか。

「ま、まあ、ダメガネもダメガネなりに、私のことがわかってるようで何よりアル」

 妙に告げた言葉は、照れ隠しというものではない。言葉の最初は少し詰まってしまったかも知れないが、それは、妙が出してくれた大福がのどに引っかかっただけだ。お茶を流し込めば、いつものようにすんなりと言葉は出るだろう。

「そうね。新ちゃんは、神楽ちゃんのことならなんでもわかる、って言ってたもの」

 思わぬ言葉に、飲みかけたお茶がのどを引っかき回した。反射的に噴き出しそうになったが、どうにかこらえる。吐き出すのは回避できたが、今度はむせてしまった。
 大丈夫、と妙が神楽の背を撫でる。平気ヨと、咳き込みながらも神楽は返した。

「そ……それより、さっきの言葉は何アルか、姉御。し、新八が私のこと」
「ええ。神楽ちゃんのことなら、なんでもわかるんですって。ずっと一緒にいるから、行動パターンはお見通しらしいわ」
「行動パターン……」

 新八が言ったらしい台詞の後者に、眉根を寄せた。その言い方だと、まるで自分が幼い子供のように単純だと言われているようで気に入らない。
 顔をしかめる神楽に、妙が微笑みかける。

「どうしたの、神楽ちゃん。そんなにしかめ面してたら、可愛い顔が台無しよ?」
「しかめて、ないヨ」
「でも、神楽ちゃんならどんな顔でも可愛いけれどね」
「……からかうのはなしネ、姉御」

 本心なのに、と妙が笑みを深めた。

 恒道館から万事屋へと戻った神楽を出迎えたのは新八だった。

「おかえり、神楽ちゃん」
「お……オウ」

 話題に上っていた人物が、帰るなり現れたせいで、神楽は新八を直視できない。正面から答えられずに目をそらしたが、新八はそのことを気にかける様子もなく言葉を発した。

「さっきお登勢さんからりんごもらったんだけど、食べない?」
「エ、りんご?」
「うん。結構もらったから、いっぱい食べられるよ」
「食べるネ!」

 気まずさも、食べ物の前にはどこかへ消え失せるようだ。

「はい。こっちが神楽ちゃんの分で、こっちが銀さん」
「ワァ、うさぎアル!」
「わあ、俺のふつー……」

 テーブルに置かれたお皿には、切られたりんごが盛られている。三人分を均等に分けたのだろう、量は同じくらいだった。違うところといえば、先ほど神楽と銀時が述べた「切られ方」だ。神楽のほうは、皮がうさぎのように切られている。

「ぱっつぁーん、俺のりんご普通なんだけどー?」
「それだけの量があるんだから、切り方なんてどうでもいいでしょう。それに銀さんの場合、もったいないから皮なんて剥くなとか言いそうだから、わざわざ残してあげたんですよ」
「何その言い方! 銀さんだってうさぎりんごを愛でる心ぐらいあるよ!? お前はもっと年長者を敬うべきだ、神楽だけずるい!」

 やめてください銀さん気持ち悪いです、と新八はすっぱりと斬った。ひどい! と目に涙を浮かべる(キモイアル)銀時を見るともなく見ながら、神楽は改めて自分用のお皿に目を落とす。
 結構な量のりんごをくし形に切り、なおかつ皮をうさぎに見立てる作業は簡単とは言い切れないだろう。それが慣れていることなら難関ではないかも知れないが、量が量だ。それなのに新八は、わざわざこんなふうに切ってくれた。他でもない、神楽のために。

(……これはちょっと、嬉しいアル)

 神楽が何を言うでもなく、求めるでもなく。神楽が口を開くとしても、その前に新八の行動がある。本当に新八は、神楽のことならなんでもわかっているのだろうか。わかるから、自ら動くのだろうか。なんのために?

「し、新八」
「ん? どうしたの、神楽ちゃん。足りないなら、僕のもあげるよ。あ、少しだけね」

 僕も食べたいからと笑う新八に、神楽は慌てて顔をうつむけた。
 全部あげると言わないのは、新八が神楽を猫可愛がりしているわけではないからだ。そこにあるのは対等の立場、新八はそこからほんの少し動いているだけ。

「神楽ちゃん?」

 呼びかけた後でうつむいたからか、不思議そうな新八の声が近づいた。距離が縮まったことに、神楽の心臓が一つ跳ねる。

「あの、ナ」
「うん」
「…………うさぎ、可愛いアル」

 ふとした瞬間そこにいる存在、欲しいと思った時に伸ばされている手。何かと気を遣われているのは、それが自分だから。

「よかった。神楽ちゃんがそうやって喜んでくれると、僕も嬉しいよ」

 そう自惚れてもいいのかな、と神楽は思った。

「……うん、まあ、二人仲がよくて何よりなんだけど……」

 銀さんの存在も忘れないでねという呟きは、果たして二人に届いたのかどうか。

新八はさりげない気遣いが得意そうな気がします。そのさりげなさで神楽ちゃんもゲットですかコノヤロー
タイトルは銀さんの心の叫びです