< 袖振り合うも多生の縁 >

 目的の人物は、いつもの場所にいなかった。白い狛犬のそばで酢昆布を齧っていた神楽に銀時の居所を聞くと、「姉御のところネ」との返事が。どうやら新八の姉の道場にいるらしい。ここからどう行けばいいかを教わってから、桂は万事屋を後にした。

「こんなところでぐうたらしているなど、仕事はどうした銀時」

 礼儀をわきまえるなら、普通は玄関から入るのが正しい。しかし道中、縁側でごろりと横になってだらけている奴を見れば、所構わず突っ込みたくなるのが人情というもの(え? 違う?)。気づけば桂は、よいせと板垣をよじ登って銀時の正面に仁王立っていた。

「……そういうお前こそなんでここにいやがる、ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。まったくお前はろくに仕事をしない上、まだ人の名前を覚えんのか」

 こんな人間でも元は白夜叉かと愚痴ると、銀時は顔をしかめた。相変わらず、古い話を持ち出されるのは嫌いなようだ。

「うるせえな。とにかく俺はお前に用なんてこれっぽっちもねえ。とっととどこかへ失せろ、ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。それに俺はお前に用があってここまで来たんだ。いい加減、体を起こさんか」
「誰がお前の言うことなんか聞くか。とっとと失せろ、ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ」

 同じような問答を繰り返すこと数分、声を聞きつけたのか一人の少女がやってきた。おそらくは二十にも満たないであろう彼女が、神楽の言っていた新八の姉だろうか。絹のような黒い髪に黒曜の目、身なりも楚々とした彼女は美人の類に入る。

「あら、お客様? 銀さんの知り合い?」
「こんなヅラ知らねえ。不法侵入者だ、追い払っとけ、お妙」
「ヅラじゃない桂だ」
「かすてらさん? お菓子みたいな名前ね」
「かすてらじゃない桂だ」
「あら、ごめんなさい。桂田さん」
「桂田じゃない桂だ。いや、この『だ』は『田』の『だ』じゃなくて、桂『だ』の『だ』であって決して『田』ではなく……」
「だぁぁァァァ、キリねえだろいつまでもっ!!」

 ぶち切れたのか、それまで寝っ転がっていた銀時が起き上がった。ここに卓袱台があればきっとひっくり返しているだろう剣幕で、奴は叫ぶ。そのまま桂へ向き直り、いいからさっさと帰れと言い寄るが、それを妙が遮った。

「だめよ銀さん。克比古さんは銀さんの知り合いなんでしょう。わざわざここまで訪ねてきたってことは、何かしら用があるんでしょうに。そう無下にするものではないわ」
「こいつの場合ろくな用事じゃねえんだよ! そもそも誰だよ克比古って! ヅラだヅラ!」
「ヅラじゃない桂だ」
「ふふ。じゃあ、桂さん。立ち話もなんですから、お上がりになりません?」

 延々と続く問答を、妙の一言が打ち切る。銀時は反対していたが、桂はせっかくの好意を断るような真似はしなかった。かたじけないと、縁側から部屋へ入る。「お茶を淹れてきますね」と、妙はそのまま奥へ姿を消した。

「……ちっ。マジで何しに来やがった」
「言わずともわかっているのだろう、銀時」
「どんだけ言われようが、俺は首を縦に振りゃしねえ。絶対だ。わかったらとっとと失せろ」

 銀時は苛立ちを隠すことなく吐き捨てる。珍しい、と桂は思った。いつにも増して、何が銀時の感情をあらわにさせているのか。

「貴様、ここにはよく来るのか?」
「あ? なんだいきなり」
「いや。なんとなく」
「……答えたら帰るか」

 なぜそうなる。視線で訴えると、銀時は渋い顔をした。答えたくないのか、桂が帰らないことに不満を覚えているのか。どちらだろうかと考えながら、ぽつりと聞いてみる。

「そんなに邪魔されたくないのか」
「なん……っ」

 思わぬ反応に、おや、と目を剥く。ついで、緩む口元。銀時にも意外と可愛いところがあったものだ。対する銀時は、先ほどよりも強く睨みつけてきた。ぎらぎらという効果音がつきそうだ。やれやれと思いながら小さく息をつくと、ちょうど道場の主がやってきた。

「お待たせしました。どうぞ、桂さん」
「すまない、馳走になる。えーと、お妙、どのだったか」

 銀時が一度だけ口にした名をたぐり寄せて発すると、妙はにこりと頷いた。愛想がいい娘だ。見目も悪くないし、大抵の男なら容易に落ちなくもないだろう。まさか友人までが落ちているとは思わなかったが。

(なかなかどうして、世の中は面白くできている)

 くすりと笑うと、銀時からじろりと睨まれた。

「お妙どの」
「なんですか、桂さん」
「こうして会ったのも何かの縁だ。機会があれば、またこちらに伺ってもよいだろうか」
「ええ、構いませんよ」

 にっこりと返ってくる笑顔に桂も頷く。銀時が何か言いたそうにしていたが、それは綺麗に無視をした。今度来る時は何か手土産を持って行こうかと考えながら湯呑みに口をつける。
 茶はうまかった。

桂は「銀時をからかういいネタができた」とか考えてたり