< 正直なのはいいことだ。たぶん >

 彼は頭に馬鹿がついてしまうほど正直だ。

「お妙どの」
「なんですか、桂さん」
「接吻してもいいだろうか」

 至極真面目な顔で言われた場合、どう断れば亀裂が生じないのだろう。妙は真剣に悩んだ。

「嫌か?」
「い、嫌というわけじゃ……」
「では、いいか?」
「それは」
「やはりだめか……」

 しょんぼり。効果音がつきそうなそれは、雨の中ダンボール箱に入れられた捨て犬のように見える。思わず妙はうっと詰まった。犬派の妙にその効果は卑怯だ。

「だめじゃ、ありません」

 自分から了承の意を示さなければ、桂はそれ以上を無理強いしない。判断はすべて妙に任せている。それは紳士的でもあるが、賢しくもあった。
 自ら動かなければいけないという羞恥と戦いながら、相手の袖を軽く握る。桂の表情が柔らかくなったことを認めると、ずるいひとだ、とひっそり思った。

(そんな嬉しそうな顔を見せられたら、何もかも許してしまいそう)

 くちびるに熱が灯る。傾いた拍子にこぼれた黒い絹がさらさらと、妙の頬をくすぐった。