< はれときどき >

 今日は快晴だと天気予報では言っていたのに。

「まあ、珍しい。何かご用ですか、副長さん」
「不審人物を追ってきた。この辺りに逃げたはずなんだ。道場内を調べさせてもらいたい」

 恒道館にやってきたのは、物々しい雰囲気を携えた真選組だった。そんな彼らを目の前にしても、妙は動じることがない。いつものように微笑んで、土方と対峙する。

「あら、ちょうどよかった。じゃあこの不審人物、持って帰ってくださる?」
「は?」
「なんだったら焼却炉にでも放り込んでおいてください。そして私の目に二度と触れさせないで」

 笑顔で持ち上げた物体に、土方の顔が歪んだ。額に手を添え、大きく息を吐いて力なく呟く。

「……近藤さん」

 朝から見えないとは思っていたが、と、妙から近藤だった人間を受け取り(妙に伸されたため虫の息だ)土方は複雑な表情を妙に向ける。目の前には満面の、どことなく作り物めいた笑顔。これ以上何か言おうものなら、きっと土方も近藤のようにされてしまうのだろう。致し方ないと思い、彼は退くことを選んだ。

「迷惑かけたな」
「まったくだわ」
「……一応、聞くが。不審人物が入ってきたということは?」
「だとしたら、副長さんの手には二人分の体重がかかってるはずよ」

 ふふ、と微笑む妙に「もっともだ」と苦笑し、土方は背を向けた。素直に引き下がるべきではないことは頭ではわかっていた。しかしこちらにも非がある以上、無理強いはできない。どれだけ引っかかるものを感じようとも、土方に残された選択肢は一つしかないのだ。

 隊服の男たちが去ったのを認め、妙は小さく息をついた。あの様子だと、土方は薄々気づいているのだろう。近藤以外の何者かが、確かにこの道場へ入り込んだことを。しかし近藤という取引物で、引かざるを得なくなった。

(こういう時は、とても便利がいいわね)

 いつもは迷惑している相手だが、この時ばかりは近藤に感謝する。かといって、近藤に対する感情を改めるわけではない。再び会ったら、また拳で迎えるのだろう。それは変わらない。変わらないのに、近藤も心変わりをしない。困った人だ、と妙は苦く笑った。

「行ったようだな」

 不意にかけられた声に顔を上げる。思いのほか近くに顔があったので、妙はたじろいだ。その妙の腕を、目の前の男は引く。

「きゃ……っ」

 引かれるままに倒れ込む妙を、男は優しく抱きとめた。しがみつくように抱きしめられ、妙は眉根を寄せる。不思議そうに妙は、男の名を呼んだ。

「桂さん?」
「……すまない」
「何がです」
「通り過ぎればよかったものを、お妙どのの顔が見たいがためにここに逃げ込んでしまった。追われている途中だというのに。俺をかくまっていると知れたら、お妙どのも無事ではすまないことになっていた」
「そんなこと。知られなかったからよかったじゃありませんか」

 あっけらかんと答える妙に、桂が驚いたように体を離した。肩から手を外すことはなく妙を見おろす桂に、妙は笑った。

「嫌かも知れませんけど、今日ばかりは近藤さんに感謝してくださいね。あの人、身を挺して取引材料になってくれたんですから」

 身を挺したというよりは妙が伸した、というほうが正しいのだろうが。桂はそのことに触れなかった。どちらにせよ、自分以外の男が妙に迫っているというのは面白くない。それが敵対している組織の高官となればなおさらだ。妙の笑顔に応えるように、桂もそっと笑った。

「でも、急に空から降ってきたのには驚いたわ。天気予報は晴れって言ってたのに、何が降ってきたのかと」
「それは……すまない。屋根の上を伝って逃げていたから、玄関から入れなかった」
「じゃあ、今度はちゃんと玄関から入ってきてくださいね」
「……庭からではだめだろうか」

 常に追われている身となると、堂々と歩ける時分も場所も選ばなければならない。堂々としていれば逆に見つからないことも多々あるが、妙に関しては万全の状態を取りたい。そう告げると、妙は口元を緩めた。

「それじゃあ、いつも障子を開けておかなきゃ」

 妙の頬が淡く染まっている。おそらく気のせいではないだろうと、桂は少しだけ強く体を引き寄せた。

どうでもいいですが「はれときどきぶた」って本がありましたよね(本当にどうでもいい)