< 今日は赤飯でも炊くかな >
街中を一人練り歩く銀時が目にしたのは、妙にアイアンクローをかけられる桂の図だった。
(……何してんのあの二人)
銀時の記憶が確かであれば、あの二人は去年辺りに婚姻を結んだはずだ。まさか妙が桂と連れ合うとは思っていなかった銀時はひっそりと涙を呑んだものだが(もちろんそんなことは誰にも内緒だ)、一年も満たないうちに倦怠期にでもなったのか。そうだったら面白いのにと思いながら、銀時は二人に近づいた。
「よう、お二人さん。相変わらず睦まじいねえ」
「あら銀さん。どこをどう見ればそうなるのかしら」
「おお、ちょうどいいところに。銀時からも言ってやってくれんか」
銀時の声に、桂と妙はすぐさま反応を返した。妙はいつものようににっこり笑って、桂は顔面に指を食い込ませられながらもいつも通り淡々とした調子で言葉を発する。なんともおかしな構図この上ない。笑えばいいのか呆れればいいのかわからないまま、銀時はしばし宙を見上げた。それから、
「なんかおごってくれたら、言ってやらねえでもねえぜ」
主に桂に向かって、銀時は言うのだった。
「実は身ごもってな」
フルーツパフェが来るまでの間、とりあえず水でも飲んでおくかと口に含んだ先でそんなことを告げられ、銀時はそれを噴き出すしかなかった。
噴き出された水から妙を庇うように、桂が袂でそれを防ぐ。自らを省みずに妻を守る姿勢は、夫の鑑だろう。
「汚いぞ銀時。妙にかかったらどうしてくれる」
「汚いもクソもあるか! っていうか急にそんなこと言われりゃ吐き出すのは当たり前でって、え、ちょ、子供? マジで? 子供って……子供って、ええええ」
混乱が銀時を襲い、まともに頭が働かない。ぐわんぐわんと鐘が鳴っては、さらなる無秩序が生まれていった。
そんな様子に桂は首をかしげ、妙は苦笑いをこぼす。それから、未だ目の前に掲げられていた桂の袂をやんわり下ろし、銀さん、と妙が声をかけた。
「はっきりわかったのは昨日だったんですよ。銀さんたちには今日、伝えようと思って」
「うむ。それで俺が言いに行くから、妙は家でゆっくりしていろと言ったのだが」
「……お妙が行く、って聞かなかったのか」
まだ少し頭の中はぐるぐるしていたが、妙と桂の落ち着いた声が次第に銀時を平静にさせた。夫婦になった以上、子を成すことになんら不自然はない。ただそれが桂と妙の間になったというだけ。
(それが納得いかねえんだろうが。いやいや夫婦なんだから当たり前っちゃ当たり前だが、ヅラの野郎いつの間に)
いかんいかん落ち着け俺、と必死に言い聞かせた銀時は、再び招きそうだった混沌をせき止めた。そして二人から、これまでのいきさつを聞く。
妙が行くと言って聞かなかったのを説き伏せようとしたものの、最終的に妙が勝った。しぶしぶながらも妙を連れて行こうとした桂だったはずだが、道中の世話焼きが半端なかったらしい。
その内容というのが、
「俺が負ぶって行ったほうがいいんじゃないか」
「万一いのししが突進してきたら危険だ」
「妊婦を狙う不届き者がいないとも限らない」
「やっぱり家で待っていたほうが危険がないと思うんだが」
「いや待てその家にコウノトリがやってきて妙ごと攫っていってしまうかも知れん」
「ああどうする俺いったいどうしたら平穏が訪れる」
というものだった。
「そんなこと言われ続けてごらんなさい。銀さんだって黙らせたくなるでしょう?」
「あー……」
桂らしいといえば、らしい。どんな形相で言ったことか、想像するのも容易すぎる。
「警戒するに越したことはないだろう。俺は、妙もややこも大事だ」
「……小太郎さん」
(あ、これヤバくね?)
桂と妙の間に広がる他とは違った空気を感じ取り、銀時は逃げ出したくなった。こんな公共も公共の場で、男女がいちゃつくさまを見せつけられるのはご免だ。その相手が(一応の)友人と妹以上に思ってきた相手となれば、なおのこと。銀時は背もたれに手をかけようとして、パフェをまだ食べていないことに気づいた。
パフェは食いたい、タダならなおさら。
しかし濡れ場(過言)は見たくない。
ああどうする、どうするよ俺!
しかし銀時の悩みは些末でしかなかった。というか、見込み違いだったというべきか。
ごわしゃああんという音が、銀時のいるテーブルに響く。
「警戒の度合いがおかしいのよ! 万一にもいのししがどうやって来るんですか、だいたい妊婦狙いの不届き者だなんてどんなマニアックなの、コウノトリだって絶滅危惧種だからそもそも姿なんて見せやしないわ! 馬鹿にしないでくださいっ」
「そこ突っ込んじゃうのかよ!」
頭からテーブルに沈められた桂の代わりというわけでもないが、黙ったままではいられなかった銀時が口を挿んでいた。
その後、事態の惨劇化を阻止した銀時は、なんとかかんとかパフェにありつけた。疲労時に甘い物は最高だ。いつにもなく天にも昇る気持ちで、銀時は甘味を平らげた。
そこまではよかった。問題はその後だ。
聞いてくださいと妙から言われ、パフェをおごってもらったこともあって銀時は聞く姿勢につく。そこから先の愚痴の数々(主に妙の体に対する桂の心配模様)に、銀時はあんみつも頼まずにいられなかった。
(疲れたなんて言葉が可哀想なくらい疲れた……)
何時間あの店に居座ったことか。銀時の目に夕焼け空がしみた。
「ああ、すっきりした」
「そうか、それはよかった。ところで妙、具合は悪くないか?」
「それ何回目ですか、小太郎さん。いい加減、聞き飽きましたよ」
「八十五回だったか」
「……数えるか普通……」
自分のことで愚痴られていたにもかかわらず、銀時と打って変わって桂のほうは平然としていた。桂が言うには「心配なものは心配なのだから仕方なかろう」とのこと。なんだこの図おかしくねえ? と、疑問ばかりが増していく。
しかし、これでやっと家へと戻れるのだ。疑問なんてとっとと振り払ってしまうに限る。
「んじゃ、俺ぁ帰るぜ」
「そうか。今日は世話になったな」
「ありがとうございました、銀さん。よかったら、またお話聞いてくださいね」
「それはなるべく勘弁してほしいがな……」
疲労を帯びた呟きをこぼし、銀時は背を向けた。その後で、またな銀時、という桂の声と、帰りは気をつけてくださいね、という妙の声が追ってくる。上げた手を振ることで、銀時はそれに応えた。
桂と妙もまた背を向けたことを空気の振動で感じ、銀時は二人をそっと尻目に見る。
体を寄せ合う男と女。相変わらず「大事ないか」と桂は声をかけ、妙は苦笑混じりの声で「大丈夫です」と答えている。
銀時はため息をついた。なんだかんだで、妙は桂の気遣いを本気で嫌がっていないのだ。力業に走る時はともかく、その口調と表情はどこか浮き立っている。
それはそうだろう、愛しい男との間にできた子供だ。無事に産みたいと思う妙だけでなく、その伴侶も率先して案じてくれる。嬉しく感じないわけがないだろう。
ただ、その頻度が甚だしいのはいかがなものか。けれど、桂の気持ちはわからなくもない、とも銀時は思う。
(どうしたって心配しちまうもんだろう。何よりもお妙が大事だから、気が気でなくなる)
四六時中、案じられているのは胎教に悪そうだが、と苦く笑った。それからぽつり、
「おめっとさん」
二人の背中に投げかける。
ヅラとお妙さんはこの翌日にちゃんと挨拶に行きましたとさ(書き忘れてたなんて内緒です)