< やっぱり貴女がいいのです >

 最近のジェイドは明らかに苛々している。話しかければ対抗さえもできない八つ当たりをされそうで、迂闊に近づくこともできない。かといって放っておくままでもパーティの気分はよくならない一方だ。どうしたらいいものか、ルークは悩んだ。

「……なあ、なんでジェイドはあんなに不機嫌なんだ?」
「俺もよくわからないんだ。何があんなに旦那を苛つかせてんだろうな。グランコクマの王様でも関わってんのかね」

 苦笑いをこぼすガイに、どうかしら、とティアが口を挿む。

「彼の話題を出す機会があったけれど、大佐はいつも通りの表情だったわよ。もっと違うことなんじゃないかしら」
「みんな甘いねえ。大佐が何に苛ついてるかなんて、一目瞭然じゃーん」

 ルークを始めとする三人の視線がアニスに集まった。戦闘終わりで未だ大きなままであるトクナガの頭に肘を乗せながら、彼女は言う。

「大佐の機嫌が悪くなったのはいつからぁ?」
「いつって、最近だろ?」
「正確には?」
「んー、……五日くらい前、かな」
「じゃあ問題。五日前から何が変わったでしょう」
「……所用でナタリアがパーティを外れたこと、かしら」

 ぴんぽーん! と人さし指を立てながらアニスが笑顔を見せた。その反応に三人は顔を見合わせ、え、とアニスを凝視する。つまりそういうことー、とアニスは面白がっているような呆れているような表情を見せた。

「愛しのお姫様がいないせいで、大佐はあんなに苛ついてるんだよ。恋する男はなんとやら~ってね」
「ええええ、ままま、マジなのか!?」
「ちょっとルーク、声が大きいわ。大佐に聞かれてしまうじゃない」
「そうですよルーク、壁に耳ありです。気をつけましょうね」

 ルークの顔が、一気に青くなる。ぎしぎしと軋んだ音を立てて、赤毛の青年はゆっくり後ろを振り向いた。他の三人も蒼白だ。その中で一人、にっこり笑顔を見せるのはジェイドである。

「皆さんで楽しそうなお話をしておいでで。よかったら私も交ぜていただけませんか? もちろんタダとは言いませんよ、色を付けさせていただきましょう」

 さて覚悟はよろしいですね? ジェイドが言い終わると同時に、雷撃がその場に響いた。

 六日ぶりに戻ったと思ったら大佐以外が病院送りになっているなんてどれだけ強力な魔物と戦いましたの。驚きの表情と心配そうな声でナタリアが問う。魔物じゃなくてジェイドにやられましたなど口が裂けても言えないので、本当にとんだ魔物だったよ、とルークは答えるしかない。同じ心境なのだろう、ガイも乾いた笑いをこぼしている。

「とにかく、ルークもガイも安静になさってくださいね。何よりもまずは、あなた方の体のほうが大事ですもの」
「ああ、うん、わかってる」
「その言葉、痛み入るよナタリア……」
「それでは、わたくしはティアたちを看て参りますわ。その後で、大佐とこれからの予定を話し合わなくては」

 満足に動ける者が自分とジェイドだけしかいないということで、ナタリアは見た目にも張り切っていた。責任感の強いお姫様だ。なんとも頼り甲斐のある。

「……なあ、ガイ」
「なんだ、ルーク」
「ジェイドとナタリアを二人きりにさせるのって、危険なんじゃないか?」
「……それを旦那に言えるか、ルーク?」
「……言えねえな」

 言ったら最後だ、今度こそ神のいかずちで消し炭になってしまう。しかしナタリアの身も心配だ。彼女のいなかった五日間の反動が変な形になってしまわないだろうか。

「たぶん大丈夫だよ、ルーク」
「そんなこと言い切れるのか?」
「少なくともジェイドは、ナタリアの嫌がることはしないと思う。待ちに待ったお姫様とようやく言葉が交わせるんだ、不逞はしないはずだよ」
「そうだといいけどな……」

 とりあえず無事でありますようにと、ルークは目を閉じて強く願った。

「大佐、こちらにおりましたのね」
「ああナタリア、ティアたちの具合はどうでしたか?」

 病院のホールで佇むジェイドに、ナタリアが声をかける。全員の状態が悪くないことを告げると、そうですか、と微笑が返ってきた。その反応に、ナタリアは首をかしげる。

「どうかなさいました、大佐?」
「どうしてです?」

 間を置かず返る言葉に、眉根を寄せる。質問に質問で返さないでくださいと怒ると、ジェイドはまた少し笑みを深めた。

「やっぱりいいですねえ、あなたがここにいるということは」
「……急に、なんですの」
「おや、照れていらっしゃる」
「大佐!」
「はいはい、すみません。大声を出すのは他の方の迷惑になりますから、外に出ましょうか」

 今後の予定も立てなくては、という言葉に、ナタリアは従わざるを得なかった。
 そのまま並んで病院の出入り口から外へと出る。ドアが開くと同時に、ガラス越しではない日光が肌へ降りてきた。

「いい陽気ですわね」
「そうですね」
「? 大佐?」

 ジェイドがナタリアの斜め前に一歩を踏み出し、ナタリアへ降っていた日光を遮ってしまう。不思議そうに声をかけると、日よけですよ、とジェイドは答えた。

「あなたの透き通るような白い肌が赤く腫れ上がってしまわないようにね」
「じょっ……、冗談はおよしになってください。なんなんですの、さっきから」
「おや、私は本気で言ってるんですけどね」
「大佐!」
「怒った顔も素敵ですよ、ナタリア」
「……!!」

 ついにはナタリアが項垂れた。大丈夫ですかと紡ぐジェイドの声は、しかし楽しそうに弾んでいる。くすくすと笑い声をこぼしながら、ゆるり、手をナタリアへ伸ばした。

「ナタリア」
「……大佐?」
「あなたのお戻りを、お待ちしていましたよ」

 ジェイドの手のひらはナタリアのこめかみへ、触れるか触れないかそんなわずかの距離にあった。戸惑いにまなざしを揺らせるナタリアに、ジェイドは目を細める。

「あなたほどからかい甲斐のある王女様はいませんから」

 病院の前で怒号が響き渡り、高らかな笑い声が続いた。

「冗談ですよ、ナタリア」
「もう結構です、大佐の言うことなんて信じませんわ!」
「では、私がこの五日間あなたにお会いしたくて仕方なかったということも信じていただけないのですか?」
「どうせからかう相手がいないからとか、そんな理由でしょう!」
「察しがよくて助かります」
「……」
「そんなに肩を落とさないでください。お詫びにあなたの好きな物をごちそういたしますから」
「いりません」
「ならば今日一日、私を好きなように……」
「謹んでお断りいたします!!」

 そんなやりとりは、その日の間ずっと続いたらしい。

こんな二人を希望します(ナタリアにはいい迷惑です)