< ところでお前を探していたんだが >

 探し人は悲愴な声が教えてくれた。

「……ハロルド。シャルティエに何をしている」

 ディムロスの登場に意識が向いたせいか、シャルティエを捕まえていたハロルドの手が緩まる。それを見逃さなかったシャルティエは、素早くその身をディムロスへと移動させた。

「あっ、逃げたわね」
「に、逃げるに決まってるだろ! ハロルドの実験体になんかされてたまるもんかっ」
「またシャルティエを餌食にしたのか、ハロルド」

 自身の背後に隠れたシャルティエを尻目に見て、ディムロスはため息をつく。軍人が学者相手に弱腰なのも問題ではあるが、相手がハロルドならばそれも仕方がないというもの。ディムロスが吐いた息はシャルティエにというより、貴重な戦力を実験に使おうとするハロルドに対してだった。

「餌食とは失礼ね。これはちゃあんとした実験よ。シャルティエにとっても、万一じゃない限り危険は起きないって」
「その『万一』が、ハロルドの実験中にいつも起きるのはどういうことなんだ?」
「実験に予想外なことが起きるのはよくあるわよ。それがまた新しい可能性も生み出すって知ってるでしょーに」
「ほう。天才であるお前が予想もできない実験を起こすとは、恐れ入る」

 お互いに不穏な笑いをこぼしつつ、ディムロスはシャルティエに手を振った。この場から去れというしぐさに、「すみません」と小さく謝辞を述べたシャルティエはディムロスからそっと離れる。ハロルドに気づかれないよう、彼は音を立てずに行動したが、彼女にとってそれはあまり意味を持たないのだろう。果たして彼女は、未練がましいため息をついた。

「あーあ。行っちゃったじゃないの」
「……お前な。いい加減シャルティエをいじめるの、やめたらどうなんだ」
「いじめてないわよ。ただの、実・験。今日は普段より面白い結果が出そうだったのにぃ」

 ざーんねん、と大仰なしぐさをするハロルドに、今度はディムロスがため息をつく。シャルティエを思い不憫だと、目の前のハロルドに目を当て相変わらずな奴だと。

「それにしては、いつもいつもシャルティエばかりを対象にしていないか」
「だって、そこいらのは軟弱すぎるんだもの。階級を持ってるだけあって、シャルティエはそこそこ打たれ強いもんだから、ついつい」

 歌うように声を弾ませながら、ハロルドはくるっと背を向けた。そのまま淀みなく進む足音を追うように、ディムロスも一歩を踏み出す。

「他の人間にやれと勧める気はさらさらないが……。階級持ちなら他にもいるだろう」
「矛盾してるわよ、ディムロス」

 ハロルドの背に呼びかければ、すぐさま反論された。ディムロス自身それはわかっていたことだったので、わずかに声を詰まらせながらも「たとえばの話だ」と切り返す。おかしそうに笑った後で、ハロルドは素直に答えた。

「アトワイトは先回りが早くてなかなか捕まえられない、クレメンテは老い先短いから一応遠慮。イクティノスはのらりくらりとかわしてくれるし、兄貴は打たれ強すぎていいデータが取れないのよ。ちなみにリトラーにも試そうとしたけど、それは兄貴に猛反対されたわ」

 ハロルドにとって実験対象というのは、それが地上軍最高司令官だろうが関係ないようだ。きっとカーレルは、血の滲むような努力でハロルドを退けたに違いない。親友が覚えているだろう苦労は、ディムロスの涙を誘った。
 ところで一つ、ディムロスには気になることがある。それを言うべきか言わざるべきか。歩きながら悩み、最終的にディムロスは口を開いた。ハロルドが自室の扉を開き、自身もそこへ入るのと同時。

「……俺は、どうなんだ」

 告げて、ディムロスは後ろ手に扉を閉める。ぱたんという音が、ひどく大きく耳に響いたのはディムロスだけだったのだろうか。
 向けられていた背中が動いて、ハロルドがゆっくりと振り返る。彼女の表情はいつものように落ち着いていたので、ディムロスは自分の発言に動揺を覚えた。
 そんなディムロスの内心を知ってか知らずか、ハロルドはあっさりと答える。

「あんたも兄貴と一緒よ。打たれ強すぎていいデータが取れないの。その点、シャルティエの使い勝手のよさったら、たまんないわー」
「使……っ」

 簡単に答えられたことにも、シャルティエに対するハロルドの所思にもディムロスは平静でいられなかった。
 それは、ディムロスの存在がハロルドにとってそこまで重要でないような。
 それは、たとえ実験相手であろうとシャルティエのほうがハロルドには重要であるような(いや使い勝手という表現はたしなめるべきではあるが)。
 もやもやと、思考に影がかかる。ざわざわと内心にさざ波が立つ。

「どしたの、ディムロス。変な顔して」

 なぜか? 理由なんてわかりきっているではないか。なんのことはない、

「面白くない」

 それだけだ。

「……。ディムロスってば、実験に使ってほしいなら最初っから言えばいいじゃない。名乗り出てくれるほどなら、ディムロス用に考えてあげるのに!」
「……いや、俺が言いたいのはそういうことでなくてだな」

 ぽつりと落とされたディムロスの本音は、違う意味でハロルドの琴線に触れたようだ。わずかに頬を紅潮させたハロルドは、机に向かい実験の準備に取りかかろうとしている。その行動を止めようと、ディムロスは慌ててハロルドの肩に手を伸ばした。

「ちょっと待てハロルド、いやちょっとと言わず本気で待て!」
「何よ、実験体にしてほしいんでしょ? 心配しなくてもシャルティエにやってるやつより強力なのにしてあげるから!」
「そういうことじゃないと言っているだろう!」
「じゃあ何よ、言葉はきちんと正確に伝えなさいよね!」
「お前が他の男ばかりに構っているのが嫌なんだ!」

 興奮したハロルドが声を張っていたせいもあるのだろう。自然とディムロスも大声を出しており、喧嘩腰でかけ合うことになっていたのは致し方ない。そんな中でディムロスが放った大きな声は、ハロルドの要求通り「きちんと」「正確に」彼女の耳へと流れ込んだ。
 そして沈黙、訪れる静寂。じわりと生まれた熱は、どちらが最初だったか。

「熱血通り越して馬鹿みたいよ、ディムロス」
「その言葉は甘んじて受けるが、顔が赤いぞハロルド」

 ハロルドが睨みつけてきたが、ディムロスは気分を害すこともなくその表情を受け入れた。

ハロルドは真正面からの言葉に弱そうな気がします
そんなハロ様にニヤニヤしてそうなディムロス(熱血中将の威厳どこいった)