< 司祭と大地の剣 >

「シャルティエさんは、金の髪をお持ちなのですね」
『へ……?』

 思いも寄らない相手から思いも寄らない言葉を聞いて、シャルティエは気の抜けたような声しか出せなかった。
 しばらくの沈黙を置いてから、急にどうしたのとシャルティエは言葉を返す。いつもと違う自身の使い手に意識を向けながら、その答えを待った。

「以前、クレメンテから聞いたことがあったんです。かつての姿形のこと。それを覚えていまして、せっかくの機会ですからと、つい」
『へえ、クレメンテがねえ……。フィリアってさ、クレメンテとずいぶん仲よくなったよね』
「そうでしょうか? ですが、ソーディアンとマスターが心を通い合わせるのは両者にとってもいいことですから、嬉しいですわ」

 なんの気なしに言ってみたが、思いのほかフィリアは喜んでいる。こちらのペースを崩されそうな、のほほんとした雰囲気だと思った。
 シャルティエは改めてフィリアを見た。剣の身である今、「見る」という表現は少しおかしいかも知れないが、意識としてはそれで間違いはない。

『……それで、ぼくが人だった頃の容姿が、どうかしたの?』

 世の中の酸いも甘いも知らない純真培養のいち司祭。知識は豊富で、知力も高い。マスターであるリオンも一目置いているほどなので、フィリアの賢さに関してはシャルティエも認めていた。元来の知識欲がそうさせるのか、知らなかったこともフィリアはいつの間にか自分のものにしている。そのフィリアが今度は何を思って、自分のことを聞こうとしているのか。興味半分でシャルティエは尋ねていた。

「どうかしたといいますか、母が金髪だったもので、少し昔を思い出したのです」
『フィリアの母親?』
「はい。わたくしの髪も母のものを少しばかり受け継いでいまして、時々金色に光るのですよ」

 父や神官たちから言われたことがあると、フィリアは続けている。シャルティエはそれを不思議な気分で聞いていた。まさか自分の容姿から、フィリアの家族のことを聞かされるとは思っていなかったのだ。そもそも誰がこんな話の進みになると考えるのだろう。

『スタンも、金髪じゃない』
「ええ、そうですわね」
『……そのこと、スタンにも話したの?』

 気がついた時には、シャルティエはそんなことを聞いていた。自分でもよくわからないうちに、言葉を発していたように思う。

「いいえ、スタンさんには話していませんわ。母のことを話したのは、シャルティエさんが初めてです」
『はじ、めて』
「ええ。……あ、すみません。シャルティエさんは男性なのに、母のことを思い出すのは失礼でしたでしょうか」
『い、いや、別に』

 低姿勢になるフィリアを慌てて止めると、フィリアは安心したように胸をなでおろした。シャルティエ自身、そのことに不満はなかったのだ。むしろ、フィリアの身内の話を聞けてよかったという思いのほうが強い。

(……なんで?)

 またしても疑問に思う。別にどうだっていいことなのに、どうして嬉しいと感じているのだろう。よく、わからない。わからないくせに、口を衝いて言葉は勝手に出てくる。

『他に、フィリアのこと』
「え?」
『何か聞かせて』
「え……と、わたくしのことですか?」
『うん。クレメンテとも話してるんでしょ? そういう感じでいいから』
「はい。わたくしの話でよろしいのでしたら、喜んでいたしますわ」

 快く承諾され、シャルティエの思考がくらりと一度だけ回った。自分が何を口走っているかもわかっていないことに対して、フィリアがあまりにも自分の言葉を聞き入れてくれることに対して。

「差し支えなければ、シャルティエさんのこともお聞かせくださいませんか?」
『え?』

 問われて不意に、当時の自分を思い出す。地位が低いことを気にして、ことあるごとに不満を感じていたあの頃。一部で、卑屈すぎるとかなんとか陰口を叩かれていたことも知っている。だからこそ這い上がろうと努力し続け、あるいは挫折したことも昨日のことのように思い出せた。
 自分でも自分が嫌いだった。とにかく変わりたかった、強くなりたかった、「上」に立ちたかった。
 そんなあの頃を、フィリアは聞きたいというのだろうか。聞いた途端に幻滅するかも知れないことを?

『……うん』

 予想に反して、出てきた言葉は肯定だった。なぜだろう。やっぱりわからない。でも、初めてだったのだ。剣の身である「自分」を気にしてくれる人、「自分」を見てくれる人。わかろうとしてくれる人が、リオン以外にもいることが。
 目の前の司祭は世間知らずで、世の中の酸いも甘いも知らない。見方次第では甘すぎる人間、ひ弱な人間。けれど見方次第によっては優しい人間、包容力のある人間にも取れる。
 だから思ったのだろう、もしかしたらこの卑屈な性格すらも包み込んでくれるんじゃないかと。自分という存在を認めてくれるんじゃないかと。

(そうだったら、いいのにな)

 淡い期待が生じる以上、シャルティエはこの誘惑を振り払うことはできなかった。

そんで仲よくなったら、クレメンテとリオンはやきもち焼くんだよきっと