< ずるい人 >
「お前はスタンが好きなのか?」
それは今日の天気を聞かれるような尋ね方だったので、内容を理解するのに時間がかかった。
「……え?」
思わず、聞き返す形になる。尋ねた張本人であるリオンは、しかし気分を害した様子もなく、同じ質問を繰り返した。
「お前はスタンが好きなのかと聞いたんだ。違うのか?」
「え? ……え?」
リオンの聞き方にもフィリアは混乱する。彼の口調は、質問というよりは確認に近いものだった。否定の言葉は受け付けない、そんな雰囲気が生じているような。
どうなんだ、と再三リオンが聞き返す。これ以上「え」という言葉を無意味に繰り返すのも憚られ、フィリアは覚悟を決めた。
「……す、好き……というよりは、憧れに近いものですけれど」
しかし結局は控えめなものしか出てこない。だが、その言葉に嘘はなかった。本当に、フィリアのスタンに対する感情は憧れの色が強いのだ。眉根を寄せるリオンに、フィリアは自分なりの言葉を付け加えた。
「スタンさんは明るい方です。いつも元気でいらして、困っている方がいたら放っておけない優しい人。お人好しすぎるという嫌いもありますが、それを補って余りある純粋さも持ち合わせていますわ。何より……」
何より。
フィリアはそこで言葉を止める。続きを促すリオンの視線に、ほんの少しだけ寂しげな笑顔を浮かべて口を開いた。
「諦めないという、強さをお持ちです」
一度決めたことを曲げない強さ。諦めないということは、反して対象に囚われすぎるという欠点も併せ持つ。けれどフィリアには、スタンからそうした欠点を見出したことは一度もなかった。
「欲目と言われれば、それまでかも知れませんね。それに、スタンさんの諦めない強さに憧れているのか、憧れているから諦めないことを強さと見ているのか。……正直に言うと、どちらなのかはっきり答えられないのです」
「別に、僕はどちらでもいいと思うが」
「リオンさん……」
かすかな違和感に目をまたたかせた。リオンはやはり気を悪くもせずに、フィリアを見つめ返している。やがて不意に目元をやわらげ、思わぬ反応にフィリアはどきりとした。
「どちらにせよ、お前はスタンを嫌っていないわけだ」
「え、ええ」
不思議に思いながらも、フィリアは頷く。曖昧な返事になっていないことだけを祈った。それほどリオンの様子がいつもと違うのだ。
どうしてリオンは、こんなに嬉しそうなのだろう。
フィリアの表情からそれを読み取ったのか、リオンは理由になる言葉を連ねていった。
「僕はお前が好きだから」
最初に聞かれた質問と同じような気軽さだ。注意していなければ、聞き逃してしまいそうな。フィリアの目はまた大きく見開かれた。
「気持ちが通じ合わないほうが、都合がいいんだ。お前たちを裏切る僕とは」
「……裏、切る……?」
「お前がスタンを好きだと言うなら、万一にでも僕とお前が好き合うことはない。気が楽だ。しがらみなど気にしなくてすむ」
「リオンさん!」
リオンは、フィリアが問い返した裏切りという言葉については何も言わなかった。何も言わずに、理由だけを述べていく。穏やかすぎる表情がフィリアの不安をかき立て、彼女に荒い声を出させることになった。
穏やかな空気が消え、リオンの表情が冷たいものへと変わる。
「そうでなければ苦しいだけだ。何も言うなフィリア、頼むから」
冷たく光る目は、それでもほんの一瞬だった。儚ささえ感じた表情はもうどこにもなく、今は先ほどと同じ穏やかなそれがあるだけだ。しかしその声はフィリアの胸を締めつける。懇願も、これまでのリオンからは考えられない働きかけなのだ。
「お前がスタンを好きになったことは間違いじゃない。だからそのまま思っていろ。僕が見る限り、あいつもお前とたがわない思いを抱いている。だから問題なんてない」
「リ、リオンさ……」
「僕も間違いはなかった。お前を好きになれた自分は、ちょっとだけ好きなんだ。だから問題は、ない」
リオンがそっと微笑む。その表情を見て、彼に触れることはできないのだとフィリアは即座に理解した。頭の奥がずきずきと痛む、鼻の奥がつんとする。苦いものが通りすぎて、うつむくと涙が出てきてしまいそうだ。
それを止めたのはリオンだった。フィリアの前髪に触れる手のひらは、どこまでも優しい。
「泣くな。慰めるのは僕の役目じゃない」
「……どうして」
ならばどうして好きなどと打ち明けたのか。嗚咽しそうになって、フィリアは先を続けることができなかった。しかしそれを察したのか、リオンが弱い笑顔をフィリアに向ける。
「確認しておきたかった。それから、一応、知っていてほしかったからだ」
これで思い残すことはないとリオンは笑った。そんな笑顔は卑怯だ、ずるいと思う。フィリアは泣きたい気持ちにしかなれなかった。
優しく撫でられるリオンの手の温かさが、胸に痛みしか起こさない。