< 赤いマント >

 目の前に、赤いマントを羽織ったびしょ濡れのフィリアがいる。何があったかなど一目瞭然で、けれどそれを素直に聞くのは気が引けた。何をしているのという言葉をすんでのところで呑み込めた自分に、ちょっとだけ賛辞を送りたいと思う。そういう午後の始まりだった。

「リオンは?」

 出さないようにしていた言葉の代わりに出たものといえばその一言で、それがあまりにも簡潔すぎたからか、もしくは放った声が思いのほか冷たいものになってしまったせいか、フィリアの肩がびくりと震えた。
 ああ、下手に怖がらせちゃったなと後悔する。したところで、こぼした言葉は戻ってきやしないから、後悔することなど無意味なのだろう。わかっているけれどやってしまう。人間なんてそんなものだ。

「……あちらに、行かれました」

 おずおずとフィリアが口を開いた。声に力がないのは怯えているからだろう。水に濡れた状態のせいだけだとは、きっと言い切れない。

「そっか。……ま、いいや。それより大丈夫、フィリア?」
「は、はい。わたくしはなんともありません」

 意識して明るい声を出すと、フィリアの表情も柔らかくなった。そのことに安心しつつ、けれど怯えさせていた事実に嫌気が差す。子供じみた感情が、小さな自分を知らしめるようで嫌なのだ。

「今タオルとか持ってないから、拭いてあげられないけど……」
「いいえ、そんな。そのお気持ちだけで十分ですわ。ありがとうございます、スタンさん」
「そんなこと」
「それに、今日はいい天気ですから、すぐに乾きますわ」

 にこにこと応じるフィリアを見ていると、苦いものが体中に生じた。近くの川のせせらぎは、音が鳴るたびに苛立たしさを募らせる。自分はそれほど心の狭い人間だったらしい。

「……嫌なんだよね」
「え?」

 嫌悪を含んだ息をつくと、目をまたたかせたフィリアの表情が不安そうなものへと変わる。彼女が口を開こうとする前に、身に着けていた外衣を背から外した。スタンさん、と問うような声に構わず、それをフィリアにまとわせる。赤い布地が見えなくなるように、すっぽりと。

「あの、わたくしは大丈夫で」
「気にしないで。俺が大丈夫じゃなかっただけだから」
「え?」
「フィリアがこの近くの川に落ちたことも、心配はすれど責めたりしないよ。不注意であったとしても、絶対にわざとじゃないだろうし。何が気に入らないって、リオンのマントにくるまれてることだって知らないだろう、フィリア」

 とうとうと言葉を述べていくごとに、フィリアの頬は赤く染まっていった。羞恥と共に、困惑も。それを目にして、気持ちも落ち着いたように思う。それからちらっとフィリアの背後に目をやって、にやりと意地悪く口角を上げた。

「気にかけるなら、最後まで目を離しちゃだめだよ。リオン」

 フィリアの後方に今しがた現れた少年へと、投げかける。リオンの手にはタオルがあり、フィリアのそばにいなかったのはそれを取りに行っていたためなのだろう。健気なことだ、けれどそれが隙を生む。事実、自分がフィリアを見つけた時点で生まれたのだ。
 リオンのいない間に、近づける隙が。
 紫紺色の目が貫くように、スタンを睨みつけている。相手の怒りをびりびりと感じ、ますます気分はよくなった。

(そうでないと、奪い甲斐がない)