< 束の間の平穏の中で >

 周りに人の気配がないことを認めたリオンは、目の前の扉をそっと開けた。中には一人の女性がおり、彼女はリオンに向かって微笑みを向ける。ようこそ、とフィリアが言った。

「クレメンテは持っていないな?」
「はい。言われた通り、他の方たちのところにいますわ」
「それ以外の誰も、この部屋には来ていないだろうな」
「ええ、入らないでいただくようにお願いしましたから。みなさんお優しいので、快く聞き入れてくれましたよ」

 優しいというより、単に「フィリアのお願い」だからだろうなとリオンは思う。いろいろと癪なので、口には出さないが。
 しばらくの沈黙の後、リオンは本題を口にした。

「ところで、頼んでおいた物だが……」
「はい、もうできていますわ。すぐに用意いたしますから、座ってお待ちになってください」

 フィリアの返事で、リオンの鼓動が一つ跳ねる。それは彼女の笑顔だったり、望んでいた物ができていたことだったり。思わず口元が緩みそうになって、リオンは表情を引き締めた。気を緩ますなど、自分のキャラじゃない。
 席に着くと、さほど経たずに盆を持ったフィリアがやってきた。それから手際よく、盆にある物を机に並べる。あまり音を立てないように置かれた皿の上には、リオンがいろいろな葛藤を経て頼んだ物が鎮座していた。

(……プリン)

 注文通り、生クリームがたっぷり乗せられた大きめのプリンだ。さり気なく添えられた果物が、見た目にも食欲をそそる。どうぞと言われて差し出されたスプーンを受け取り、礼を述べたリオンはぼそりと呟いた。

「美味そう、だな」
「リオンさんにそうおっしゃっていただけるなんて光栄ですわ。たくさん作っていますから、よければおかわりもしてくださいね」
「ああ。とりあえず、頂く」

 はい、とフィリアが微笑んだ。食べるところを、にこにこと嬉しそうに眺められるのは少し気が引けたが、努めて平静を装った。
 手作りのプリンは、見た目に劣らず美味だった。おかわりもあるということだったので、作られた物はすべて出してもらった。全部で六個。まだ食べられそうだったが、六個しか作っていないなら仕方ないと、リオンは諦めた。

「よくお食べになりますね……」

 普通より大きめのプリンを、六個もぺろりと食べたリオンに対して、フィリアもさすがに驚いたようだ。感心しました、と呟かれた言葉がその驚きをよく表している。対応に困り、リオンは眉根を寄せた。

「……仕方ないだろう、好きなんだから」
「ええ。見ているほうも、とても気持ちがよかったですわ」

 突っぱねる物言いになったが、フィリアから気にした様子は見られない。逆に嬉しそうなので、その反応にも戸惑った。視線をさまよわせた後、綺麗になった皿の上に目を落とす。

「また、作ってもよろしいでしょうか?」
「……何?」
「リオンさん相手だと、ともて作り甲斐がありますもの。わたくしも腕が鳴りますわ。ですから……ご迷惑でなければ、と思うのです」

 どうでしょうかと、フィリアは顔をうつむけた。ほのかに染まった頬の淡い色に、リオンは思わず目を奪われる。つられるように自分の顔が赤くなってしまう気がして、慌てて気を引き締めた。

「それは、こちらとしても」
「え?」
「……願ったりだ。今度はもう少し多く作ってくれ」
「! はい、お任せくださいリオンさん!」

 広がる満面の笑顔に、持ち直したはずの意志が揺らいでしまいそうだ。どうしたものかと内心で焦りながら、一つ思い出したように言葉を付け加える。

「だが、今度も誰にも見つかるなよ。見つかっても僕のことだと言うな。……誰にも内緒で、二人きりじゃないと、僕は行かないからな」

 プリンが好きだなど他の誰かに知られたら、自分の矜持がずたぼろだ。言い訳のように呟くと、それでもフィリアは嬉しそうに微笑むだけだった。

 プリンを作ってくれないか、と、いつだったかリオンはフィリアに言った。最初こそ驚いていたフィリアも、すぐに了承してくれた。
 リオンがフィリアにそう頼んだのは、フィリアが作った菓子をリオンが食す機会があったからだ。
 その時に、何か食べたい物があれば頼んでくれて構わないとフィリアが言ったからだ。
 そしてフィリアならリオンがプリン好きだと知っても、笑い飛ばしたりしない人間だからと思ったから。

(フィリアと一緒に過ごす時間を持つのも、……悪くないと思ったからだ)

 それがたとえかりそめの平穏でも、持ちたいと思ってしまったからだろう。心の奥底、ずっと奥にあるなけなしの良心がちくりと痛んだとしても、この時間は決して無駄ではないはずだ、リオンはフィリアの笑顔を見ながらそう思った。

『フィリアが作ったプリンを食べるリオン』はマイソロでは普通の光景
つまりリオフィリは公式ってことを言いたいんですよね