< sanctuary -Lion side- >

 フィリアから聞いた本のタイトルを、リオンは迷いなく本棚から引き抜く。頼まれた本の数は六冊。既に机へ置かれていた本と合わせると、十二冊にもなった。
 フィリアの研究にはこれだけの種類がいるのかと、リオンは軽く息をつく。しかし、こんな光景はとうに慣れた。もう馴染みのものなのだ。

(馴染み、か……。まさか僕がこの場所で、こんな穏やかな時間を過ごすことになるとはな)

 それがもう「当たり前」になっているという事実にも笑ってしまう。自嘲なのか、それとも喜悦なのか、リオンには判断がつかない。つけていいのかわからない、というのが正しい。

 リオンは海底洞窟で一度、死んだ。決められていた結末、貫いた決意。これで終わったとして、後悔はなかった。
 二度目はダイクロフトだ。望みもしない傀儡と成り下がった末、わずかに残っていた人の意思で死を求めた。
 そして三度目。聖女と名乗るエルレインによる蘇生、皮肉な運命の巡り合わせ。旅路の果てで消えたはずの命。
 四度目の呼びかけには、さすがに呆れた。どれだけ人の生を弄れば気がすむのだろうと。いい加減に眠らせてほしかった。眠るという安寧でなくてもいい、滅びてなくなってしまいたかったのに。
『でもね、心の底でそれを望まない人がいるの』
 聞こえたのは、三度目の生を受けてから耳に馴染んだ声。まさかと思いながらも、意識は声へと引き寄せられた。
『あなたを望む人がいるの。隠していてもわかるくらい、切ないくらいに求める声』
 聞こえるでしょう、と少女は言った。それからあなたも、と少女は言う。心の奥底、それよりもずっとずっと、深淵に眠る小さな願いがあなたにもあるのだと。その願いはとても小さく、それなのにとても強い。あなたも、あのひとも、と。
『強い祈りは、いつしか奇跡を起こすの。泣きたくなるような、心が温かくなるような、あなたを呼ぶ声。あなたが何よりも大事に思っていた、あのひと』
 ねえ、ジューダス。いいえ、リオン・マグナス。少女がかつての名前を紡ぐ。手を伸ばした先に奇跡が待っていると、軽やかな声が耳を打つ。
『聞こえるでしょう、あなたを呼ぶ声』
 言われるまま、リオンは手を伸ばしていた。なぜなら少女の言う通り声が聞こえたのだ。己を呼ぶ声、悲しいくらいに痛いほど、嬉しいほどに心地よいあの。

「リオンさん」

 はっと我に返ったリオンは、いつ戻ってきたのか目の前にフィリアの姿を認めた。話は終わったのかと問うと、フィリアは首を横に振って否を示す。

「何かあったのか?」
「リオンさんにも参加していただくために、呼びに来たんです」

 わずかに首を傾ければ、フィリアはそろりと微笑んだ。護衛騎士としてのお仕事ですわ、嬉しそうに告げられ、リオンは口元を緩めた。

「わかった。一緒に行こう、フィリア」
「はい、リオンさん」

 本はそのままにしておくぞとリオンが言えば、躊躇したもののフィリアは頷く。難しそうな表情をする彼女へ、黒衣の騎士は苦笑をこぼした。

 自嘲すべきなのか、喜悦することが許されるのか。リオンは未だ判断をつけられない、つけていいのかわからない。
 それでもフィリアが望むなら。
 四度目という滑稽としか思えない蘇生でも、彼女のために生きられるのなら。
 今度こそ自分の手で、偽りのない自分自身で、フィリアのそばにいることを望む。
 願わくは、この平穏な日が続くことを。

リオン蘇生後は「ストレイライズ大神殿が監視下に置く」という措置を取ってます→その後、監視下にありつつ護衛騎士に就く
ダリルシェイドでなく大神殿なのは、国教の総本山(神の一番近く)での贖罪が妥当だという神殿側・英雄陣の意見によるもの

無い頭が捻れなかったのでどこかで見たような設定になってる可能性大ですが、気にしない気にしない(お前)
一応「少女」=リアラ