< sandglass >

 音もなく落ちていく。けれどそれは耳を近づければ、確かに聞こえた。
 かそけしとはこういうことかと、そんなことを思う。

「不思議ですよね」

 並んで同じ物を眺めていると、フィリアが言った。何が不思議なのかと視線で問えば、そろりとした微笑みを向けられる。そうして返ってきたのは、問いに対する答えではなかった。

「未来は見えないものだそうです」
「……何を急に、当たり前のことを言っている」
「いえ、改めて考えてみると、本当にそうだなと思ったんです」

 神殿にいた時に言われたことだと、フィリアは続ける。
 「過去」は思い出として、記憶という形で頭に残る。目で見て、耳で聞き、その身で体験してきたかつての「現在」。
 「現在」は今のこの時。温度を感じ、言葉を交わし、「過去」となる記憶を積み重ねていく。
 そして、「未来」は……。

「先のことを予想したり、理想を抱いたり、未来について考えることはできますわ。ですが、実際に起こることは現在の先に辿りつかなければわかりません。理想とは別のことが起こるかも知れない、予想していなかったことが起きてしまうこともある。どうしたところで、未来を知り得ることはありませんわ」

 「未来」は見えない。何が起こるかわからない。いいことも、悪いことも、起きてほしいことも、起きてほしくないことも、それを「見る」ことは決してできないのだと。
 未来は見えない、それは当たり前のことだ。けれど、いざ言われてみれば。未来は視覚として捉えることはできないと、考えたことはあっただろうか。

「砂時計は、時間を可視化した物でもあるんですよね」
「……ただの、時間を計るだけの物だろう」
「ですが、そうとも考えられませんか? 細い道を滑り落ちていく『現在』、記憶として積み重なっていく『過去』、何が起きるかわからない、まっさらな『未来』。見ることはできないけれど、確かにそこにあることが一目でわかりますわ。それはとても不思議で……とても魅力的です」

 ひっそりとしていた微笑が、うっとりとしたものに変化していく。まるで気を許した相手に見せるように表情が崩され、ぎくりとした。
 未来は見えない、何が起こるかわからない。
 予想していなかったことが起きてしまう。
 まさに「今」それが起こったように。

 なんの因果か買い出し組にされ、よりによってその相手がフィリアだった。文句を言う時間も惜しくて手早くすませたはいいが、帰る途中で足を止められた。
 置いて行けばよかったのだ。なぜ自分まで足を止めてしまったのか。
『リオンさん、砂時計ですわ』
 最初の出会いは最悪だった。誰に対してもそうだが、連れて行くつもりもなかった人間であるフィリアにも冷たく当たっていた。対するフィリアも、身を硬くしていたはずだ。そのフィリアが、ふっと力を抜いたような声で呼びかけたのだ。
 それがあまりに、リオンの耳を打ったものだから。

 未来は見えない。今この時、決して知り得ることのない先の時間。

「現在はとどめられることなく去ってしまいますわ。細い管をこぼれていく砂のように、またたく間に過ぎていく。こうしてリオンさんと話している『今』も、もう『過去』の記憶に変わっているのですね」

 けれど、と彼女は先を続ける。こうした「未来」は予想していなかった、と。

「失礼ではありますが、リオンさんには取るに足らない話だと一蹴されるものだと思っていたんです。だからこうして、今もお話を続けられていることに少なからず驚いていますわ」

 本当に失礼なことを、フィリアは言った。うっとりしていたものを、今度は苦い笑いへと変えている。ころころと変わる女の表情に、そんな顔もするのかとちらりと考える。

「……そうだな。司祭のくせに、礼儀がなっていない」
「はい。申し訳ありません」

 素直に頭を下げるフィリアを尻目に、リオンはようやく動き出した。
 砂時計を見て不思議だと言ったフィリアのように、その先に起こった出来事をリオンもまた不思議だと感じている。
 かつての「現在」を経て「過去」へと変わった不可思議なそれは、予想し得なかった「未来」だった。

アイテムとしてのアワーグラスではないのでサンドのほうにしました(題名の話)
フィリアは基本的には誰に対しても柔らかい対応をしそうですが、旅をしたての頃はまだ硬い部分もあったんじゃないかなあと
そんなフィリアの変化にちょっと目を止める坊ちゃんの図