< 自由時間 >

 喧噪の中にいても、その声は耳によく届く。

「ああ、フィリア。ここにいたんだ」
「スタンさん」

 探してたんだとスタンが続けたので、フィリアは目を見開いた。探していた、と告げられた言葉を繰り返す。

「うん。せっかくだから一緒に街でも回ろうかと思ってたんだけど、もしかしてもう宿屋に戻るところ?」
「あ、はい。入用の物は買いましたので。ええと……、すみません」

 思わず謝るフィリアに、スタンは屈託のない顔で笑った。

「謝らなくてもいいのに。フィリアって面白いね」
「そ、そうですか? そう言われたのは初めてですわ」
「そうなの?」
「ええ。頭が固すぎる、と言われたことはよくあるのですが」

 それも特定の人間であったが、フィリアはそのことについては触れないでいた。今はもういない人間のことだ。それはいつかの敵対者であり、それはかつての同僚であり。
 他者からの評価は多々あったのだが、どうして最初にそれが浮かんできたのだろう。

「……」

 フィリアは思考の淵に沈んだ。今はまだ立ち止まる時ではないと言い聞かせていたはずなのに、まだ自分は心を固められていないのだろうか。

「フィリア」
「! はい、なんでしょう?」

 静かな呼びかけに、はっと我に返る。慌てて目の前に意識を向けると、そこには呼びかけと同じような穏やかな表情があった。
 まるで心を見透かされているようで、どきりとする。

「それじゃあ、一緒に戻ろうか」

 え、とフィリアは目を丸くした。話題の転換についていけない、そんな感覚だ。実際は、先ほどの会話の続きなのだろうが。

「スタンさん?」
「宿屋に戻ろうよ。それとも、まだ用事ってあったりするのかな」
「え、い、いえ、それはありませんが……。でも」
「俺はフィリアと一緒にいられればそれでいいんだ」

 あなたは何か用事があったのではないか、というフィリアの問いかけは、スタンのその言葉にかき消されてしまった。必然的に、フィリアは口ごもってしまう。
 さらっと、スタンは爆弾発言までこぼしたのだ。黙らないほうがおかしいとフィリアは思う。

「さ、行こう」
「ス、スタンさんっ」

 ぐいっと手を引かれ、フィリアは慌ててスタンの名を呼ぶ。何、と不思議そうなスタンの表情が返ってくる。

「あの、その、て、手を……」
「手? ああ、腕を組むほうがよかった?」
「い! いえ! け、結構です!」

 思いも寄らない返答に、思いきり首を横に振った。なんてことを飄々と言うのだろう、この人は。
 本気か冗談か、残念だなと呟いて、スタンはそのまま歩き出した。つられるようにフィリアも歩を進める。
 手はしっかりと握られていて、離せそうにもない。かといって離してほしいと言うのも憚られる。恥ずかしさはあれど、フィリア自身嬉しく感じていないわけではないからだ。

「フィリアと一緒にいられればいいんだ」

 先ほどと同じ言葉を、もう一度スタンは告げた。

「一緒にいたい人といるのってさ、与えられた自由時間の有効的な使い方だと思わない?」

 喧噪の中でも、スタンの声はよく届く。それはフィリアだけが感じていることなのか、それはよくわかっていなかったりすることだ。
 だが。

「ね、フィリア」

 スタンが笑っている。それだけでもういいような気がする。一緒にいたいと言ってくれるのだから、自分も一緒にいたいのだから、それだけで。

「……はい」

 小さく呟き小さく頷くと、握られた手にまた少し力がこめられた。

フィリアが思い出したのはバティスタ。スタンの行動はそれを遮るため
思い出に引きずられないように、それでも半分は嫉妬心から