< ひとしれず >

 沈む夕日が、辺りを朱色に染めていた。そろそろ休んだほうがいいかも知れないねというスタンの声に、フィリアが軽く頷く。ノイシュタットまではもうすぐだったのでちょうどいい頃合いだった。

「暗くなると危ないから、少し急ごうか」
「はい」

 スタンの歩く速度が上がる。フィリアも遅れないように足を速めるが、ふと思い立って歩幅を狭めた。
 夕日を浴びたスタンの影が、後ろを行くフィリアのすぐそばまできていた。ちらりと前を見やり、スタンがこちらを向いていないことを確認する。それからフィリアは、そっと体を傾けた。

「フィリア?」

 ややあって、スタンがフィリアの名を呼ぶ。駆け寄ってくるスタンに、フィリアは笑顔で応じた。

「ごめん。俺、歩くの早かった?」
「いいえ、わたくしが遅かっただけですわ。すみません、スタンさん」
「無理しないでねフィリア。俺、フィリアに合わせるから」

 ありがとうございます、と謝辞を述べてから、ノイシュタットまでの道を急ぐ。歩きながらフィリアは、スタンに気づかれないように笑みを深めた。
 それは一瞬の出来事だ。フィリアしか知らないこと。とても些細な、とても小さな。

(スタンさんの影と、わたくしの影……ほんの少しだけ、合わさりました)

 誰にも知られない、これは自分だけの秘め事だ。