< 攫ってもいいですか >

 行かないか、と彼は言った。なぜ、と彼女は問い返す。

「君と一緒にいたいから」
「あなたにもわたくしにも、捨ててはいけないものがあるというのに?」

 それでも、と、彼が強く告げると、彼女は悲しそうな顔をした。

「君は俺が嫌い?」
「いいえ、……いいえ。嫌いだなんてありませんわ。わたくしは、あなたが好きです。あなたの言葉は嬉しかった。嬉しすぎて、怖いのです」
「……フィリア」
「怖いのです、スタンさん。すべてを捨てるのも、喜びに身を任せるのも」

 わたくしは臆病だから、と、彼女が呟く。彼はくちびるを噛みしめた。噛みしめながら、意を決したように彼女の手を取る。ぴくりと、細い肩が揺れた。

「君が、握り返してくれたら」
「……」
「攫っていくよ」

 落とされたささやき、ゆるりと握られた手、まだ彼女は握り返さない。