< 遠い記憶に思いを馳せる >

 あの日も雨が降っていた。
 こぼれ続ける雫が髪も体も、何もかも濡らしていく。そんな中でも、スタンの声はフィリアにはよく聞こえた。

「壊したくないんだ。だから、行くよ」

 握られていた手が解かれる。不思議と寂しさは感じなない。代わりに、寒い、と思った。早く体を温めないと風邪をひいてしまう、そんなことを考える。

「フィリア。俺、君のこと」

 一呼吸置いた後で、再びスタンの口が開いた。それと同時に、雨脚が強くなる。

「      」

 雨音にかき消されるようだったが、やはりフィリアの耳には届いた。短い言葉がひどく重い。咄嗟に耳を塞ぎそうになって、懸命にこらえた。

 雨がかき消してくれればよかったのに、と今でも思う。あんな言葉、聞いてしまいたくなかった。聞こえなければ、いつまでも引きずることなんてなかっただろう。
 けれどフィリアは聞いてしまったし、今もまだ引きずっている。

「思い出したくないのに……どうして、いつも」

 雨が降るたび、あの日に遡ってしまうのだろう。