< いい加減わざとだって気づいてもよさそうなのに >

 朝から夕方までは神殿の勤めがある。だから研究の類いはどうしても夕方以降の時間を使うしかない。たまの休日は一日たっぷりと専念できるが、休日などそうたくさんあるわけもないので、研究に費やす時間というものは少なかった。
 それでも時間を取れるだけましだろう。これまでずっとそうしていたのだし、その日常に慣れてしまえばなんら問題はなかった。

(……はずなのですが)

 ここのところずっと研究ができていないのはなぜだろう。朦朧とした頭で疑問を抱くが、フィリアはその答えを知っている。隣ですやすやと気持ちよさそうに眠っている、スタン・エルロンその人こそが解答そのものだった。
 なぜかスタンは、最近よくフィリアのところへと眠りにやってくる。しかもフィリアが研究をしようとする時に限って、だ。
 男女が同じ部屋で眠るというのは神殿ではあるまじき行為だが、スタンとフィリアはただの男と女ではない。それなりの関係を結んでいる、いわゆる恋人同士というやつなのだ。神殿の関係者もそれを汲み取って、彼の行動を黙認している。実際にスタンは、フィリアの部屋へ眠りに来るだけなので、さほど騒ぎ立てるようなものでもなかった(ここではそんなに軽いものではないのだが)。
 フィリアが解せないのは、研究を始めようとする時を見計らったように彼が現れることだった。スタンは一人で眠るでもなく、いつも「一緒に寝よう」とフィリアを誘う。フィリアはやんわり断ろうとするが、スタンに説き伏せられて結局いつも一緒に眠ってしまうのだ。結果、研究は進まず、そしてそのことが悩みの種になっていた。原因を聞こうとしても、スタンはスタンで仕事がある。神殿内の警護、神官の護衛等々、スタンも暇ではない。フィリアもフィリアでせわしく動いているので、聞く機会を失ってしまう。そして聞けない現在に至るのだ。

(一緒に眠れることは、嬉しい、のですが……)

 ぽつぽつと思いながら、そっと頬を染める。まどろみの中の思考は、起きている時よりも大胆なものだとフィリアは思った。
 恥ずかしさに頭のほうも覚めてきたようだ。これはいい機会かも知れないと、フィリアは起き上がろうとした。目が覚めた今のうちに少しでも研究を進めようと思ったのだ。翌朝に響かない程度で切り上げれば問題はないだろう。そう思い体を起こそうとした矢先、フィリアの腕を引くものがあった。

「スタン、さん」
「……どこいくの、フィリア」

 あまり呂律の回っていない口調は、スタンがまだ眠りの中にいることを教える。起こしてしまったことを詫びながら、フィリアは研究資料を閲しようとしたことを告げた。

「スタンさんは眠っていてください。まだ夜は明けていませんから」
「フィリアは寝るつもりないの?」
「明け方になる前には少し眠りますわ。それまで少しだけでも進めたいのです」

 最近ご無沙汰でしたからと続ける。しかしスタンがフィリアの腕を離すことはなかった。代わりに彼は問いかける。

「……ねえ。このところずっと一緒に寝ようって言ってたけど、なんでかわかる?」
「え?」

 唐突な質問は、それこそフィリアのほうが聞きたいことだった。まさかスタンから問いかけられるなど思わなかったフィリアは、問いに対する本当の答えを見つけられない。それでも自分なりの理由は考えていたわけであり、フィリアはそれを答えることにした。

「ええと、スタンさんもわたくしもお勤めが終わるまでは滅多に会えませんから、その代わりなのではないかと……思い、ます」

 自信なさげに告げるフィリアにスタンはそっと微笑んだ。どことなくしてやったりな表情が気にかかる。そしてスタンはまた強くフィリアの腕を引いた。抗う暇もなく、きゅっと抱きしめられる。フィリアは混乱し、スタンさん、と声を張ったが、彼はただ笑っているだけだった。

「フィリアのそういうとこ、いいよね」
「??」
「ふふ。……そうだね、朝も昼も夕方もずっと会えないから、夜くらいは独り占めしたいかも」
「ス、スタンさん……」
「だから、おやすみ、フィリア」
「……スタンさ」
「一緒に眠ろう。ずっと抱いててあげるからさ」

 遮られてささやかれる。甘やかに落ちる言葉は逆らえない強さを帯びていて、フィリアは素直に従うことにした。おやすみなさい、と小さく呟く。スタンに届いたのか、彼もまたおやすみと言葉を返した。

 やがて続くフィリアの寝息にスタンは口元を緩める。先ほどのやり取りを思い出して、また深く笑んで。

「研究なんて始めたら、フィリアは俺そっちのけだもんな」

 世界を襲った混乱が完全に落ち着くまで忙しい毎日なのだ。そんな中、フィリアを研究に没頭させる愚行を犯して、それこそ共有の時間を奪われるなんてたまらない。それなら沈静化までその危険を阻止すればいいだけのことだ。その方法が、フィリアの夜を掠め取ることだった。

(結果は上々)

 後はフィリアの研究時間をわざと奪っているなど、彼女に気づかれないようにするだけだ。大丈夫、きっとフィリアは気づかない。なぜなら彼女は聡いのに鈍い。そういうところが、実は一番気に入っていたりするのだ。

研究も仕事の一部だったらどうしようという(今更)