< いびつなあいのかたち >

 好きな子ほど泣かせてしまう心境というのが、よくわからない。子供だから素直な反応ができなくて、ついいじめてしまうとかなんとか。そういうものなのかなと考えるくらい。
 理解できないものだったはずなのだ、それまでの自分にとって。

(いつからかな)

 いつから自分は、理解できるようになってしまったのだろうと考えてみる。首をかしげて記憶を巡らせて、しかし答えは出てこない。
 「いつの間にか」という言葉は、とても都合がいいものだ。こういう時、役に立つ。
 いつの間にか。そう、いつの間にかわかってしまった。けれどちょっと違う方向へ。
 泣かせてしまうのではない。
 泣かせたい、のだ。

 家を飛び出していろいろあって、旅にもずいぶんと慣れた。周りにいる仲間も増えてどれくらい経った頃だろうか。ある時スタンは、馴染んだ顔の一人に一つの箱を差し出した。

「スタンさん、これは?」

 首をかしげながら問いかける女性は、スタンと同じ年の頃。長く神殿にいたせいで少し世間ずれした司祭であるフィリアだった。
 問われたスタンはにっこりと笑って答える。結い紐なんだと簡潔な言葉を、その後で少し長めの言葉を。

「さっきの自由時間、街の中を回ってた時に小物店を見つけてさ。フィリアは髪を結うから、どうかなと思って買ってみたんだ」

 告げるものが甘い声音になるよう、スタンは意識して放った。そうすると案の定、フィリアは頬を染めて口元を緩める。

「あ、ありがとうございます、スタンさん。あの、嬉しい、です……」

 淡く灯る頬を隠すように、フィリアはうつむいた。恥じらいが彼女から感じられて、スタンも口角を上げる。うつむいているせいでフィリアに見えないそれは、いびつな色を滲ませていた。
 見られていないのをいいことに、スタンはその笑みのまま口を開く。

「よかった。本当はルーティにプレゼントしたかったんだけど、ルーティって髪が短いだろ? これから伸ばすかもわからないし、伸びるまで持っててくれるか不安でさ。今回は諦めたんだ」
「え……」
「でも店に入った以上、何も買わずじまいってのも悪い気がしたからね。目についた物を買ってみたんだけど、喜んでくれたなら買った甲斐はあったよ」

 顔を上げたフィリアに、スタンは明るい言葉を落とす。それまでのいびつな色は消して、ただ純粋に見える笑顔を向けた。
 言い終えたスタンへ、フィリアはすぐに反応を示さない。まあそれはそうだろうなと思いながらも、笑顔のままフィリアの動きを待つ。
 その時間が長かったのか短かったのか、正確にはわからなかった。けれどもやがてフィリアは視線だけを落として、はい、と小さく答える。そうして彼女はもう一度、ありがとうございます、と言った。

「……大切に使わせていただきますね。でも、スタンさん。スタンさんが選んでくださったものなら、ルーティさんもきっと喜んでくださいますわ。それが結い紐だったとしても、大事に持っていてくださいます」
「そうかな?」
「ええ。ルーティさんは物を大事にされる方ですし、スタンさんの贈り物を無下になさったりしませんわ」

 スタンとは違った綺麗な微笑みでフィリアは言う。だったら嬉しいなとスタンが笑うと、フィリアもはいと頷いた。

 悪趣味だな、と言ったのは少年だ。きょとんとしながら、珍しく自分に声をかけた相手を見ると、嫌悪感をあらわにしたリオンが佇んでいる。
 スタンは、笑った。

「覗き見はよくないよ」
「誰が好きこのんで覗くか。たまたま通りがかっただけだ」
「ふーん。……悪趣味か。そうかなあ」
「ああ、悪趣味だ。お前、フィリアが自分に好意を持っているのをわかった上で、あんな言動をしたんだろう」

 顔をしかめているリオンにスタンは笑顔を消して、代わりに目をまたたかせた。あの会話だけでよくもまあそんなことがわかったものだと、素直に驚く。

「目がいいんだね、リオン」
「嫌みか」

 打てば響く答えに、スタンは首を振った。嫌みでなく本心だと示して、心の内をさらけ出す。自分の言動に一喜一憂する姿って可愛いよね、最初の言葉はそれだ。

「俺のこと好きなのに、俺が違う相手に好意があるってほのめかせれば、協力するような振る舞いを見せるんだよ。喜悦から一息に突き落とされたってのに、健気だと思わない?」
「……」
「嬉しさで紅潮した頬が悲しみでもっと濃く染まるさまって、いいよねえ。あとちょっとで泣きそうなのに、懸命に泣くまいとしてるのとかもさ。見てて、面白いよ」

 面白いという単語に、リオンの眉がますますひそめられた。その反応も面白いものの一つとして、スタンは眺める。悪趣味だと、先ほどと同じ感想をリオンがこぼした。

「しょうがないよ。俺は好きな子ほど泣かせたい性質みたいだし」

 リオンの言葉に、スタンは笑いながら返答する。あのきれいな顔が涙にぬれるかと思うと、それだけでぞくぞくする。恍惚としながら本音を告げると、リオンが背を向けながら吐き捨てた。

「貴様は、歪んでいる」
「ふふ。そうかな」

 その酷評はスタンにとって、賛辞にしか感じられない。

鬼畜すぎる(笑)(笑いごとじゃない)
対象への支配欲ゆえ泣かせたい衝動に駆られてしまうんじゃないかなという個人的意見