< 歩廊にて >

「ウッドロウ陛下。……申し訳ありません」

 沈鬱な表情で謝罪をした侍女に、いったい何があったのかとウッドロウは問いかけた。

「すみません、すみませんウッドロウさん」

 侍女に聞いた場所に着くなり繰り返される謝罪は、侍女以上に腰の低いものだった。こちらのほうが逆に申し訳なくなりそうなほど、相手の姿勢は弱々しい。ウッドロウは苦笑を禁じ得なかった。

「気にすることはない。誰にでも苦手なものはあるだろう」
「で、でも、わたくしが騒いでしまったことで、ウッドロウさんやお城に仕える方々に迷惑が……」
「はは。この国に住む者は、私が思うよりも強いのだよ。些細な騒動では揺るがないほど、ね」

 安心させるために言ったことだが(もちろん真実も含まれていたが)、フィリアの反応は芳しくない。どうしたのかと名前を呼びかけると、彼女は小さく声をこぼした。聞き取りにくいので顔を近づける。

「些細では、ありません」

 この恐ろしさは尋常ではないのです。目に涙をためて、フィリアは今にも泣き出さんばかりだ。両手を組んで祈るようなしぐさに、本当に怖いのだとわかる。
 わかるのだが、ウッドロウはつい噴き出してしまった。

「ウッドロウ、さん?」
「い、いや、すまない」
「……お笑いになるなんて、ひどいですわ」

 涙まじりの声に焦る。真面目なフィリアのことだから、ひどく傷ついてしまっただろう。ウッドロウは笑い声を消して、表情を改めた。

「申し訳ない。君の恐怖もろくに考えず、軽率だった。……許してくれるかな」

 フィリアはすぐに答えない。しかし、しばらく経った後で小さく頷いたのがわかった。ほっと安堵の息をついて、ウッドロウは立ち上がる。

「手を貸そう。立てるかい」
「……」
「? フィリアくん?」
「……」

 なぜかフィリアは動こうとしなかった。呼びかけにも、視線は返すものの答えずじまいだ。自分の謝罪は受け入れてくれたはずなのだが、また何か失態を犯してしまったのだろうか。
 ウッドロウがもう一度フィリアに呼びかけようとした時、彼女が口を開いた。心なしか頬が淡く染まっているように見える。

「あの」

 それはそれは気まずそうに。
 会うなり謝り続けた時よりも申し訳なさそうに、そして恥ずかしそうにフィリアが告げる。

「……足に力が入らなくて、立てないのです」

 噴き出したい衝動を今度は自制できた己に、ウッドロウはらしくもなく称賛を送りたいと思った。

 侍女がフィリアに伝えたのは、城内のとある歩廊に「よくないもの」が出てしまうという話だった。侍女にとっては単なる噂話であり、娯楽の一つである。しかしフィリアにとっては、まったく違うものになってしまったらしい。
『その話を聞いたフィリア様は蒼白になり、あの場から動くことも叶わず……』
 そうして侍女はウッドロウを呼びに来た、ということが、フィリアの元へ行くまでにウッドロウが聞いたことだ。ふと、旅の間もそういう話に怖がっていたことを思い出し、目の前の怯えようにも合点がいった。城を取り戻す時の記憶の一部が、まさにそれなのが皮肉ではあるのだが。

(このままではいずれ、この城に来てくれなくなる気がするな)

 「よくないもの」に関しては、なんとか誤解を解きたいものだ。しかし今は別の問題を先に片づけるべきだろう。ウッドロウは差し出していた手を引き、腰を落とした。顔を赤くさせていたフィリアの表情が、今度は不思議そうなものへと変わる。

「少し失礼するよ」
「え?」

 広がる白い法衣に片手を滑り込ませ、もう片方は背に添え、そのまま抱き上げた。思っていたよりもずっと軽い。ちゃんと食べているのだろうかと、心配になった。

「ウ、ウッドロウ……さん?」
「歩けないのだろう? 困っている君を放っておくほど、私は薄情な人間ではないつもりだが」
「そ、そんなことは思っていません。でも、あの、これは……」

 うつむいて先ほどよりも顔を赤くして、あわあわと言葉を告げようとするフィリアは見ていて面白い。しかしまた笑うわけにもいかないので、ウッドロウはそのまま歩き出すことにした。フィリアが困惑しているにもかかわらず構おうとしないのは矛盾している、と自分でも思ったけれども。

「ここの城主は私であり、すべてにおいて責任を負うのも私。歓迎すべき客人に対してもてなすのも、私の仕事だと思うのだが?」
「……それは、詭弁ではありませんか?」

 問いかけを逆に問い返される。手厳しいなと思いながら、では、とウッドロウは言葉を変えた。

「他の人間に任せるのは私が嫌だったのでね。ああ、もちろんこの城の人間を信頼していないというわけではない。ただ、君に手を貸すのは私でありたいのだよ」

 それなら仕方ありませんわ。小さなちいさな言葉で恥ずかしそうに、それでもどこか嬉しそうにフィリアが答えた。