< たとえおべんちゃらでも >
おわぎゃああああという、悲鳴というよりは絶叫に近い叫び声が街中を走り行く。こんなところで傍迷惑なと思いつつも、その声はどこか耳に馴染んでいるような気がして、ヒスイはぴたりと足を止めた。
「わぎゃああああああああぁぁぁぁ」
悲鳴はこちらへ向かっているようで、声の大きさと悲惨さがヒスイの耳をつんざいてくる。その音は聞けば聞くほど、聞き慣れてしまったものだったので、ヒスイは大きなため息をついた。
くるりと後ろを振り向けば、案の定の小柄な少女が凄まじい形相で走ってきた。
「ああああああっひす、ヒスイぃぃぃぃ!!」
泣きじゃくりながら両手を伸ばして自分を求めるさまは、とても同い年とは思えない。それこそ小さな女の子のような様相に、ヒスイは笑うべきか泣くべきか少し悩んだ。
「あんだよ、恥ずかしげもなくぎゃーたら泣きやがって。何があった」
涙まみれの少女を拒むほど非道にもなれず、とりあえずヒスイは伸ばされたベリルの手を受け入れた。ほっとしたのか、ベリルの表情がやわらぐ。
しかしそれも束の間、懐に飛び込んでくるかと思われたベリルが、素早い動きでヒスイの背に回った。そしてヒスイの腰をがっちり掴んだ後、そこから微動だにしなくなる。
いったいなんなんだと思う中、ベリルが走ってきた道から何かがこちらへ駆け寄ってきた。それはヒスイに、というより、ヒスイの背に隠れたベリルを目当てにやってきているように感じる。
「……まさか、アレから逃げてきたのか?」
「ひええええ!? ま、ままままさか、こっち来てるの!?」
「……ああ。茶色いワンコロがな」
「ひょええええええっっ」
間の抜けたような悲鳴が背中にぶつかった。しかしベリルはもう逃げ回るつもりはないようで、そこから動く気配がない。ヒスイは小さな息を吐いて屈み込んだ。
ヒスイ!? と驚愕の声が聞こえるがそれは無視し、「ほれ」と走ってくる子犬を招き寄せる。興味を引かれたのか、子犬はそのままヒスイの懐に飛び込んだ。
「なつっこい犬じゃねえか。お前、こいつから逃げ回ってたのか?」
「だっ、だっ、だってボク、犬は……ちょっと、苦手なんだよ……」
「ちっせえ犬だぜ?」
「それでも犬は犬じゃないか! 大きかろーと小さかろーとヴォルガジョーズがヴォルガジョーズなように、その事実は変えられないんだよ!」
「いや、その例えはどうかと思うが……まあ、言いたいことはなんとなくわかる」
子犬を宥めながら、背中越しにベリルと言葉を交わす。屈んだせいなのか、腰にあったベリルの手は、今はヒスイの肩にあった。
少し、震えている。
「……心配すんなよ。こいつから手ぇ離したりしねえから」
「……」
「おい?」
「……ヒスイが優しいとか、ちょっと不気味」
「離すぞ」
「わわわっ、ストップストーップ! ややや優しいヒスイってボク大好きだなあ~」
いつものような態度の転換に呆れつつ、ベリルの言葉に悪い気はしない。ヒスイは子犬をあやしながら、ゆるりと口元を緩めた。