< 騒がない兄貴 >

 木の陰からこそりと覗いた先に見えるのは、シングとコハクだった。何を話しているのか、どちらも楽しそうである。いかにも仲睦まじげな二人に、ベリルは眉根を寄せていた。うう羨まし……いやっ別にそんな羨ましいなんてボクは思っちゃいないよただなんていうかあんまり人目もハバカらずイチャイチャするのはどうかと思……じゃないじゃない認めない認めてないよボクはっっ! と、唸りながら悶々と考え込んでもいる。
 そうしていたベリルの後ろへ、にゅっと人影が現れた。思考の淵に沈んでいたベリルは、それに気がつかない。相手もベリルに気づかれていないことがわかったのか、しばらく何も言わずにベリルを眺めていた。その間も、ベリルはうんうん唸り続けている。

「ううずるいずるい、いやだから別にずるいとか思ってなくてただ距離が近すぎるんじゃないかと思ったりしなくもなくてでもあの中に割り込んでいけるほどボク無神経じゃないし、え、ってことはボクあの二人をお似合いだって思ってるのかな、つまりボクはもうミリキをつけなきゃいけないってことかな……」
「『ミリキ』じゃなくて、『見切りをつける』だろーが。どんな間違え方だよ」
「へっ」

 唸り声はいつしか、思考そのものになっていた。頭の中をすべてさらけ出したベリルは、発した言葉の間違いを指摘されることで、ようやく背後に現れた人物に気づく。

「…………ヒスイ?」
「おう」
「……も、もしかしてボク、思ってたこと全部吐いちゃってた?」
「ばっちり。しかも間違いつきでな。お前、もうちょっと単語の勉強したらいいんじゃねえの?」

 ため息をつきながら忠告するヒスイに対し、ベリルは絶叫した。
 絶叫というものは、出せる限りの声を出して叫ぶことである。そんな大声を上げれば、シングとコハクの二人に気づかれるのも至極当然だろう。案の定、彼らはベリルたちに気づいて何事かと駆け寄ってきた。
 その場を収めたのは、ヒスイだ。この年になるといろいろ大変なんだ云々かんぬん嘘か真かを二人に告げ、絶叫して真っ白になったベリルを抱えて違う場所へと移動した。
 そんな二人を、首をかしげつつ見送ったシングとコハクは、

「……大変なのかな?」
「大変、なんじゃないかな。ベリルは女の子だし、お兄ちゃんも思春期まっ盛りだし……」
「コハクも女の子だよね。やっぱり大変なの?」
「うーん。まあ、いろいろと、ね。シングも思春期を迎えてる頃じゃない? 大変?」
「おれ? おれはえっと……思春期なのかな? よくわかんないや」

 あははうふふと、なごやかな会話を繰り広げていた。

 ところ変わって、場所を移動したのはヒスイとベリルである。移動中に己を取り戻したのか、真っ白だったベリルには色味が戻っていた。

「ったく、急に叫ぶなよな。周りにコハクたちしかいなかったからよかったものの、もっと大勢いたらどうすんだ。悪目立ちしちまうだろうが」
「だってだって、まさかヒスイがいるとは思わなかったし、しかも聞かれてるなんて……そもそも何もかもをぶちまけてる自分が信じられないよ……」
「その前に単語を間違えるお前が信じらんねえよ」

 ヒスイの指摘にベリルは言葉を詰まらせた。それはしょうがないじゃないかともごもご呟きながら、突然はっとしたようにヒスイを見上げる。そんなことよりも、とベリルは強く告げた。

「コハクコハク言ってるヒスイが、なんであの二人のあの様子に何も言わないんだよ! 今思えば、そっちのほうが疑問でならないね!」
「へ? ……ああ」

 突きつけられた指を押しやりながら(「人を指さすんじゃねえ」)、言われればそうだなとヒスイは独りごちる。それからじっとベリルに目を当て、向けられた視線にベリルはたじろいだ。

「な、なんだよ。何か文句でも……」
「んにゃ。そーさな。お前があんまりぎゃーぎゃー騒いでくれるから、俺がなんやかんや言う必要もねえかと思ってな」

 言いながらヒスイは、ベリルの頭というよりは大きな帽子をぽんぽんと叩いた。いつものような乱暴さのない、どことなく優しさの滲んだそれにベリルは目を剥く。どうしちゃったのさヒスイ、と驚愕と感心の混じった言葉に、ヒスイは「どうもしねえ」と小さく笑うばかりだった。

ベリルに構ってる方が楽しいとかそんな感じの兄貴