< よくあるハナシ >

 かの人を眺めて、大きなため息を一つ。
 特に何かされたわけでもないだろうに、陰鬱な空気が気にかかる。シングは首をかしげながらベリルに近づいた。

「どうしたの、ベリル。イネスを見てため息ついたりして」
「あ、シング」
「イネスと何かあったの?」
「いや、なーんもないよ」

 シングはさらに首をかしげる。それではどんな思いから、イネスを凝視しては息を吐くのだろう。最初は言いにくそうだったベリルだが、シングが引かないところを見てしぶしぶと口を開いた。

「イネスってさ……ほら、大きいじゃん?」
「何が? あ、ソーマが?」
「そのネタはもういいよ。そうじゃなくって、その、だから、む……」
「む?」

 語尾が小さくなっていくので、ベリルが何を言っているのかわからない。シングは顔を近づけた。そうしたことで、うつむけたベリルの表情がよくわかる。彼女の顔は赤かった。

「胸が、さ。……おっきい、じゃない?」
「ああ、うん。そうだね」

 もごもごと恥ずかしそうに告げたベリルに対し、シングはあっさりと頷く。そのさっぱり具合に、ベリルが眉根を寄せた。お前に羞恥心とか遠慮とかいうものはないのか、と、その目は言っている(気がシングにはする)。
 しかしシングは、その視線すらも流した。

「ベリルはそうじゃないのが悩みなんだ」
「うぐっ! い、痛いとこを、簡単にぶっ刺さないでよぉ……」
「あははっ、ごめんごめん。うーんと、じゃあ、傷つけた(?)お詫びに、おれがベリルの悩みを解決してあげるよ」
「笑いながら謝っても誠実みがないし……それに、解決ってそんなすぐにどうかなるわけないし……。しかも、『傷つけた』ってところにハテナマークついてたよね? 確実についてたよね? 傷つけたって思ってなくない?」

 さり気なく混ぜたはずの疑問符に、ベリルが食いついた。かつてないほどのさり気なさに気づかれないと思っていたシングは、ひっそりと驚く。

「ついてないついてない。大丈夫大丈夫」
「何が大丈夫なのさ! って、うわわ、急に背中押さないでよ。え? なに、どこか行くの?」
「だから、おれが手助けしてあげるって言ったじゃないか。ここじゃ人目につくから、もう少し静かなところに行こう」

 ぐいぐいと、シングはベリルを押していく。首を傾けながら、ベリルも自分の足でシングの言う方向へと歩き出した。

「ねえ、シング」
「ん?」
「手助けって、何をする気なのさ」
「ベリルは胸を大きくしたいんだろ?」

 ずばりと言うと、ベリルは奇声を上げた。その後で「はっきり言うな!」と怒られたが、事実なのだから仕方ないとシングは思う。思うだけで口にはせず、ぷんすか怒るベリルを宥めて先を続けた。

「じいちゃんから聞いたことがあるんだ。女の人の胸は、揉んだら大きくなるって」
「…………はぃ?」
「だから、おれがやってあげるよ」

 にこっとシングが笑いかけると、ベリルの顔は蒼白になった。それから方向転換して、シングの進む道とは反対へ進もうとする。

「ベリル、そっちじゃなくて、あっちだよ」
「い、いやいやいやいいから、もういいから、何もやらなくていい、やらなくていいからっ」
「でもおれ、ベリルにお詫びしたいし」
「さっき謝ってくれたからもういいよ、あれでジューブンだよ!」
「えー、だってあれだと誠実みがないんだろ?」
「いやあった、あったよ! ばっしばし感じたからそんなお詫びとかいいよ、いらないよ! そこまでしなくてもいい、っていうかしないで!! 向こう行こう、みんなのとこ行こうよ、ねっ」

 冷や汗をだらだらと流しながらベリルがまくし立てる。そこまで拒否されると、逆に何がなんでもやってあげたいと思ってしまう。シングは、湛えていた笑みを深めた。

「大丈夫だよ、優しくするから」
「優しくしないでいい!」
「あれ、ベリルは痛いほうが好み?」
「そーじゃなくて、お詫び自体をやめてほしいんだって言ってるだろぉうわっ!?」

 これ以上言い合っていても、埒が明かない。シングは自分よりも小さく軽い年上の彼女を担ぎ上げた。

「ししし、シング!?」
「安心して。ベリルの胸が大きくなくても、おれはベリルを助けるから」
「シング……、その台詞はもっと違う状況で聞きたか……って、そうじゃなくって降ろして降ろしてホントに勘弁してええええええ」

 その後ベリルがどうなったかは、当の本人とシングしか知らない。

さすがにやりすぎかと思ったけど後悔はしてない
でもじいちゃんはあんなこと言わないかも知れない……ま、いっか(いいのか)
ベリルが言っている「ネタ」というのはフェイスチャットでそういうのがあったからです